その15分を積み重ねた先

  2015/07/03

徒歩圏にあった会社が引越した。徒歩圏が、ザ・徒歩圏になった。

ぼくの生活から、電車という乗り物がますます遠ざかる。徒歩20分程度だったのが、徒歩10分ほどになった。

行き帰りで20分。それにお昼休みにも一回帰るので、2往復で都合40分。

最近は二宮金次郎スタイル、すなわち本を読みながら歩くのがぼくの常である。40分あれば相当に本が読める。言うまでもないが薪は背負っていない。背負うのは哀愁と悲壮感だけで十分である。

ただ無為に歩いている時間はもったいないと思う。季節の移り変わりや周囲の事物に興味はない。なぜなら馬鹿ばっかりだからだ。とはいえ風景に罪は無い。なんにつけても、悪いのはいつも人間である。

それはともかく、お昼休みは家に帰る。そのくせ、相変わらず毎日お弁当を作って行っている。職場のPCで毎日新聞のコラムを読みながら食べる。食べ終わると、空になった弁当箱と本を一冊持って家に帰る。本を読みながら、家に帰る、二宮金次郎。

金次郎は家に帰ると、弁当箱を洗って干しておく。そして、絵を描く。だいたい、15分くらい。

たったの15分ではある。しかし15分×20(1ヶ月の平均出勤日数)×12(12ヶ月/1年)をすれば60時間にもなる。そう金次郎は考える。

戻らなければならない時間ぎりぎりまで描いてばたばたと家を出る。日差しが強い日はこれに日焼け止めを塗り直す作業が加わる。SPF30の時は塗り直しが肝心である。ウォータープルーフのSPF50ならば大丈夫なのだが、肌の負担を考えるとSPF30を小まめに塗り直すのがベストである。どこで学んだのかは知らないが、とにかくはそうなっている。

金次郎は労働者である。しがないサラリーマンである。しかし"しがなくない"サラリーマンになりたいわけでもなく、労働は生活のためでしかない。そういう考え方の輩の常として、サラリーマンとしては間違いなく低能の部類に入る。にもかかわらずいつも一番に退社する。出世とは無縁どころか、リストラと懇意にしているのではないかという噂である。

金次郎には夢がある。そんな時は決まって I have a dream.と、キング牧師の演説を思い出す。イントネーションや声色まで思い出せる。別にキング牧師をリスペクトしているわけではない。ただ、Larry HeardというDJが「Can You Feel It」という曲でキング牧師の演説をミックスしていて、そのCDをかなり聞き込んでいたというだけのことである。

金次郎は本を読み読み、しかしあくまでも競歩で、会社へと戻る。社会へと、戻る。

それは、おもしろくもなんともない日常。しかしこの退屈な日常を疑わない。何の意味が?なんて問わない。愚直に、黙々と繰り返す。積み重ねる。その先を信じる。絶対的な盲信。そうでなければ、寝てたほうがまだマシ。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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