ぬか漬けとの再会

  2016/04/08

思うところあって、ぬか漬けを始めた。

初めてではない。7、8年前に登戸に住んでいた頃にもやったことがある。しかし、ちょっと放っておいたらすえた臭いがするようになり、捨ててしまってそれきりである。

その時のは、チャックのついたビニール袋に1Kgほどのぬか床が入っており、買ってきたその日からすぐに使えるというごくごく簡易的なものだった。それでも、キュウリやナスなんかを適当に放り込んでおくだけで、売り文句に偽りなく驚くほど簡単にぬか漬けができあがり、ちょっと感動したのを覚えている。

確か700~800円くらいだったと思う。あれから10年、と、綾小路きみまろではないが、再びぬか床を買った。amazonで1980円のお手軽ぬか床キットである。すでに練りあげられたぬか床が2Kgと、それを入れるタッパー、そしてしばらく使用した後に風味を加えるための唐辛子やみかんの皮が付いている。

今回はかなりやる気があるので、もっと本格的なものを買おうかとも思ったが、しかし、初心者であることに代わりはないので、まずは入門すべしと、この商品を選んだのである。それはちょうど、ゴルフなんかでやる気と金ばかり先走っている初心者が、身の丈に合わない高級なクラブを持っていたりするのは見苦しいのと同じことである。まあ、ゴルフ場にすら行ったことはないんだけれども。

さて、届いたのでさっそく漬けてみた。大根とにんじんを、少々。説明書によると、常温だと毎日ぬか床をかき混ぜる必要があるが、冷蔵庫で保存する場合は、5日に一回程度のかき混ぜでよいらしい。そのくらいなら自分にもうまく管理できそうであるが、その分、野菜が漬かるまでの時間が長くかかるとのことである。

まあ、なんにしろ世の中はトレードオフの大原則から逃れることはできない。何かを得れば、何かを失わねばならないのだ。早くぬか漬けを食べたいが、ここはぬか床との長く健全なお付き合いを優先したいと思う。

そう、恋愛と同じである。早く愛しいあの子を食べてしまいたいが、すぐに食べてしまってはならないのだ。間違っても出会った初日に食べてしまうようなことがあってはならない。なぜなら、それは一つの山の頂上であって、初日に到達してしまったら、あとは下山するしかないからである。そうなれば、その後の酸いも甘いも詰まった男女の駆け引きも弛緩した倦んだものになってしまう。

むろん、その先には、もうひとつの頂もかすむ最高峰、精神の山がそびえ立っているのだが、どうして、男という生き物は精神の山には肉体の山ほどの興味が持てない。私見では、概して男は目に見えるものしか信じないからだろう。一方の女性は、おそらく初潮に始まる神秘体験から、果ては出産といった奇跡的な、ほとんど神に触れるような体験をすることから、”目に見えない何か”の存在を受け入れる素地があるのだろうと思う。

大幅に脱線した。寝床の話ではなく、ぬか床の話である。そう、ぐちょぐちょのぬか床に大根とニンジンをずぶずぶと突っ込んだところである。おナスもぐいぐい突っ込んでひいひい言わせてやりたいところであったが、あいにく持ち合わせがなかったので今回は見送ることにした次第である。

大根は24時間、にんじんは48時間ほどかかるとあった。とはいえ、まずは試しに一晩ほど、つまり12時間ほどで大根を一切れ取り出してみた。切らずにそのままかじってみた。ぽりっという小気味よい音とともに、ぬか漬けの香りが口内に広がる。もちろん漬け込みは浅いが、しっかりとぬか漬けになっている。いつか味わったことのある感動がよみがえる。

感動。大げさだが、それは確かに感動なのである。乳酸菌の力だかなんだか知らないが、ちょっと体調悪い時の薄めのうんこみたいなものの中に、適当に野菜を漬けておくだけでなんともいえない深い風味をともなう漬物ができあがる。それはいくら理屈を説明されても不思議なことであり、神秘と言っても過言ではない。

あるいは、ぬか漬けとは、私とぬか床とのお付き合いの結果、つまり子供のようなものなのかもしれない。日々誠実に気にかけ、手をかけ、労って大事にすればするだけ、ぬか床も応えてくれる。しかし、ちょっと目を離せばたちまち腐ってしまう。まさに、男女の関係そのままではないだろうか。

とはいえ、私はまだ結婚さえしておらず、我が子ができることなど想像もつかない。もしもそのような機会に恵まれた折には、我が子がぬか漬けなのかどうか、しかとこの目で確かめてみたいと思う。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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