わたしの良心(とんかつ屋で現れたゴキブリの処遇を考える)

仕事の昼休み、個人の営むとんかつ屋のカウンターでごはんを食べる。と、目の前に虫が現れた。

それはゴキブリの遠縁のようであった。薄茶でかなり小さめではあるが、しかし反射的に忌避感をいだかずにはいられない点に変わりはない。

カウンターの上には小皿に盛った漬物が並べられており、虫はその間をぬった。私はこちらに来やしないかと虫を注視して、神経を尖らせ、とんかつをかじった。

小皿の影に隠れ、また現れる。虫はどこか浮き足だって楽しげに見えた。それはそうだろう。虫の頭上には、昆布の佃煮とたくあん。それが十も二十も並んでいる。一生かかっても食い切れそうにない。

それはともかく、虫は近づく。緊張感が走り、とんかつの味がしなくなる。店の人に知らせればよさそうなものだが、どうして、その気になれなかった。

そうこうしているうちに、虫は小皿の上に土足で上がり、漬物に馬乗りになった。感激に打ちひしがれているのか、虫はその場で固まって、触角だけをひくひくと動かした。そしてしばらく、するりと去った

それをいったい誰が食うんだろうか。私は見ている、知っている。しかし私は黙っている。これが傍観者というものかと、私は思った。見て見ぬふりは加害者と同じなのだと、よく言う。

しかし、ことに小さな店のことである。私がどんなにさり気なく指摘しても、図らずも店にいる皆が皆、我が飯を疑い胸を悪くするだろう。それは正義かもしれないが野暮ではないか。私は口をつぐんで店を出た。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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