劇、はじまる。(牛丼屋で激怒し怒鳴る人を見て)
最終更新: 2017/08/22
春とも夏ともつかない陽気の日曜の朝、某牛丼チェーン店を訪れた。みそ汁、納豆、卵からなる朝定食を食べていると、怒声が上がった。
振り返ると、五十がらみの男が中国人のバイトに噛みついている。「ゴチュウモンノ、キムチギュウドン、チガイマスカ」狼狽する中国人に、男は吠える。「おれが頼んだのはキムチ牛丼じゃねえよ! キムチ〈と〉牛丼!」
それを聞いて、思わず頬が口元がゆるむ。些末どころの話ではない。きっとこういう輩がこんにゃくゼリーをのどに詰まらせて法に訴えるのである。
「スミマセン」素直な謝罪に、しかし男はおさまらない。「てめえ、日本語しゃべれねえのかよ!」男は自分で自分の暴言に背を押されたように、「ふざけんな! 馬鹿が!」と、なお罵る。
私はほとんど相好を崩していた。人の怒りは劇に似て、遠巻きに見物して愉快なのだ。本人は大真面目に怒りをぶちまけているが、しかし傍から見れば噴飯ものの喜劇である。ことの起こりは拙劣、論理は破綻、顔面は紅潮、いっそ衆人環視の中で己が愚鈍を惜しみなく御開帳しているようなものである。
中国人は何かしらの弁解を口にしようとしたが、男は「ハァ? 何言ってんのかわかんねえよ!」と、ただ声量でさえぎった。そして「さっさとキムチ〈と〉牛丼もってこいよ!」
まさに喜劇。たかがキムチが牛丼に直にのっているか別皿かの違いだけで、ここまで怒り狂えるのは常人の業ではない。かの喜劇王チャップリンもその根底には怒りをたたえていたというが、なるほどこの男も一脈相通じるものがある。むろん物笑いの王ではあるが。

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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