ここはアメリカ
「ここはアメリカなんだよな」と、たまに思う。
それはスーパーで買い物をしているときだったり、信号待ちをしているときだったり、あるいは夜、窓外から聞こえる車の音がふっと途切れた時だったりする。
アメリカ、アメリカ、アメリカ。確かにここはアメリカらしいのに、どこか遠く、現実離れしている。
アメリカでの暮らしは悪くないと思う。まずビールが安い。発泡酒や第三種なんてケチな酒は売っていない。全部本物のビールだ。ワインだって安い。日本では見たことがない1.5Lサイズの瓶なんか見るとテンションが上がる。あるいは牛乳なんか1ガロン(3.8L)サイズのボトルで売っているから、どっちが牛だかわからなくなる。それに食べ物がでかい。大盛りをサービスだと考える日本人にとっては、毎日がお得なサービスデイだ。
そういうひとつひとつが、何か冗談のように思える。もちろん、おもしろいことはおもしろい。しかし、そんなことはじきに慣れてついに飽きる。実際、5カ月目にしてすでに飽きた。
飽きれば人間暇になるので、余計なことをあれこれ考えるようになる。37歳というミドルエイジクライシス真っただ中の年頃なので、自然、自分のこれまでと、これからのことを考えることになる。ふとWikipediaをのぞいてみれば、心あたりのある言葉が並ぶ。
中年期の心理的葛藤は、以下のような感情や行動となって表れる。
- 出社拒否などの職場不適応症、うつ病、アルコール依存症といった臨床的な問題
- 空の巣症候群
- 自己の限界の自覚
- 達成する事の出来なかった物事への深い失望や後悔
- より成功した同輩・同僚に対する屈辱感・劣等感
- 自分はまだ若いと感じたい、また若さを取り戻したいという思い
- 一人になりたい、もしくは気心の知れた者以外とは付き合いたくないという欲求
- 性的に活発になろうとする、もしくは逆に全く不活発になる
- 自身の経済的状況や社会的ステータス、健康状態に対する憂鬱、不満や怒り
- 人生の前段階で犯した過ちを正す、または取り戻そうとする
まさにこんな感じで、漠然とした徒労感というか、無力感を感じる。もともと自分大好きのナルシスト人間の私でさえこうなのだから、そうでない人の苦しみやいかほどかと思う。
思えばいつも「何か」を待っている人生だったと思う。それはコンペの結果であったり、恋愛の行方であったり、 とにかくはいつも何かしらを待ち焦がれていた、というか今この瞬間も相変わらずだ。しかしその「何か」はいつまでたっても訪れず、決まって肩透かしを食らう。
何も起こらない。びっくりするぐらい何も起こらない。明日は、来月は、来年はと期待し続けて、その最後に、単なる死が用意されている。その当たり前の現実が、年々リアリティを増す。それはつまらない映画のような結末で、「え? これで終わり? 続きは? もうちょっとなんかあるでしょ?」とかなんとか言ってみても、なんにもない。
そう考えると、とたんに夢を追うなんていう行為が陳腐でくだらなく感じられる。バカじゃないのと自分で思う。バカじゃないと夢は追い続けられない。半端なバカは、「普通に考えれば」そうなるだろう現実が恐ろしくなって、夢を思い出として笑おうとする。
私はバカになりたい。大人になると面倒なことが山ほどあって、もう何もかも捨ててさっさと首でもくくりたくなるようなことがしょっちゅうだから、バカじゃないとやっていけない。
いわゆるアメリカン・ドリームは、もはや存在しないのだと本で読んだ。実感として、私もそう思う。じゃあなんでアメリカなんかにいるんだろう? バカだからだよ。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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