小さき日々へ
2019/02/15
実家に戻ってきて三ヶ月ほどが経つ。
外国での生活とはかけ離れた日々。老親との三人暮らしに、刺激らしい刺激はない。一日はほつれた服の糸のごとく、引いてもいないのにほどけるかのよう。そして最後には何も残らない、という。
だけど、口には出さない。そんな病んだ物書きのようなことを言われていい気のする人はいない。だいいち大人げがない。
それで心ばかりの罪滅ぼしとでもいおうか、毎晩彼らの食器を洗っている。洗っていると、その端々に彼らの現在を発見する。
たとえば茶碗に残る箸の跡。小皿に残る醤油だまり。それはあまりにもか弱く、無防備だ。いっそ今にも消えそうだ。
ふっと使命感のようなものが芽生える。彼らは私を必要としている。私は彼らを支えてやらねばならない。
それはいわゆる愛と呼ばれるものかもしれない。私は彼らを愛しているような気がしなくもない。だが、しかし。
老いた彼らの夜は短い。おやすみと言われ、おやすみと言う。
老いた彼らの朝は早い。おはようと言い、おはようと言われる。
とてつてもなく単調で、あきれるほど退屈な、だけどそれほど悪くない日々。世間でいう幸せとは、このようなものなのだろうということはわかる。わかってはいる。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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