大人の哀しみ

  2017/08/22

早く大人になりたいと言う若者は少なくない。

その理由は、お酒や煙草に始まり、一人暮らしや自分でお金を稼ぐこと、とどのつまりは”自分の好きなようにできるから”であるらしい。

おじさんは――今回に限り、私はおじさんという立場から物申したい――そのような考えに対して何の反論もない。むしろ激励したいくらいだ。そう、大人になれば、おそらく君たちの考えていることはまさにその通りになって、拍子抜けするほど簡単に望みは叶えられるだろうと思う。

しかし、おじさんは言いたい。君たちほど幸福な時代は、もう二度と来ないのだと――たとえば君が死のうとしているのを必死で押しとどめるように――心の底から言いたいのだ。

おじさんくらいの歳になると、馬鹿でも人生の何たるかがだいたいわかってくるものだ。少なくとも、いつか幼いころに想像していたことの答え合わせくらいは終わっている。

そして思う。正直、お酒にしろ煙草にしろ、君たちが思うほど楽しいものではない。むしろつまらないものだ。それに一人暮らしなんてのも、童貞や処女のときに夢想する性行為と一緒で、想像ほどすごいものでもない。自分でお金を稼いで好きなように使うというのだって、実にかったるいことで、そんな面倒くさいことをしなければならないなら、いっそ公園に寝起きしてボロ布でもまとって、それこそ”好きなように”したほうがいくらかマシだろうと思われるほどだ。

なんて、いくら言っても君たちにはきっとわからないだろう。想像することと実際にやることとは、どうして、天と地ほども、いやもっと、現世と来世くらい違うものだから。

おじさんのような市井の凡人の言葉ではなく、あるいは偉人の言葉であっても、君たちにはきっと伝わらないし、わからない。ひとりひとりが実際に大人になって、傷つき、呆れ、倦怠し、失望して、初めて理解されるものなのだろうと思う。

と言っても、おじさんは昔からいわゆる”ピーターパン症候群”だったから、大人に憧れたことはただの一度もないし、願わくば大人になんかなりたくなかったし、今でも日々なぜに自分は大人になってしまったんだろうと思っている。真面目な話、今この瞬間も真剣に子供に戻りたいと思っている。

でも、いくつもの朝と昼と夜とを重ねるうちに、逃れる術もなくみな大人になってしまう。

いつだったか、おじさんはおじさんのお父さんに聞いたのだ。どうして大人にならなければならないのかと。するとおじさんのお父さんは「みんな大人になるんじゃけえ、おまえも我慢できるじゃろうが」と言った。

今でもシチュエーションを含めてはっきりと覚えている。広島にある宮島の弥山(みせん)という山を一緒に登っていた時だった。暑くも寒くもない穏やかな季節で、瑞々しく萌えた緑が辺りを桃源郷のような嘘っぽさで彩っていた。それはともかく、笑ってほしい。そのときのおじさんは、全然無邪気な子供なんかじゃなく、すっかり陰毛も生えそろった大学生、つまりは結構いい大人だったのだ。

我ながら幼稚な問いだと思う。でも、今でもその問いを心の内にずっと消化しようのない鉛のように抱えていて、飽きも忘れもせず答えを探している。いくら探したって答えなんかあるわけがないし、あとは淡々と老いて死ぬだけだって、ほとんど悟ってはいるのだけれど、それが時々どうしようもなく悲しくなって、やりきれなくなる。

どうして、大人にならなければならなかったんだろう。どうして、子供のままではいられなかったのだろう。未だに大真面目にそんなつまらないことを考えているおじさんのことを、どうか君たちが笑い飛ばしてくれることを願わずにはいられない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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