ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

初めてホームレスとハンバーガーを食べた日のこと

  2019/11/24

ロサンゼルスに移り住んで知ったのは、ホームレスの多さ、その夥しさだった。

彼らは段ボールの切れ端に「HELP」とか「DONATION(お恵みを)」とか書いたのを持って、車道の中央分離帯に立つ。そして信号待ちで止まった車に、施しを乞うて歩く。

たまに見かけるのではない。毎日だ。誇張抜きで、これがロサンゼルスの日常なのだ。

私はお世辞にも慈悲深い人間ではない。とはいえ、このような光景を来る日も来る日も目にしなければならないのは、さすがに気に病むものがあった。それで一月、二月が経つころには、すっかりアメリカに失望してしまっていた。私にあったアメ車のような能天気に過ぎるイメージは、幼い日の夢のごとく見る影もなかった。

しかし、仮にも私は美術家であるから、そんなやるせなさをただ持て余しておく手はない。それが「ONE BITE CHALLENGE」なるプロジェクトを開始したきっかけだった。

これはホームレスと一つのハンバーガーを両サイドから一口ずつ食べる、つまり日本で言う「同じ釜の飯を食う」ことで、彼らと困難な状況を共有しようとする試みである。二つのかじり跡がついたハンバーガーを描き起こし、絵画作品とするのだ。

構想がまとまると、私はまず、ホームレスにこのプロジェクトを理解してもらうために4コマ漫画仕立ての説明書を作ることにした。私の拙い英語力で理解させるのは不可能に思われたし、見ず知らずの人に「ハンバーガーを一緒にかじってくれませんか?」なんて言われれば、母語で説明されても戸惑うだろう。

タダで協力してくれるとも思えなかったから、謝礼として10ドルを渡すことにした。くわえて写真や個人情報を作品に使わせてもらう旨の同意書兼アンケートも用意した。

すべて準備が整ってプロジェクトを開始したのは、春から夏へと移ろうよく晴れた週末の昼下がりだった。

なにはなくとも、マクドナルドにハンバーガーの調達に出かけた。と、首尾よく店の前にホームレスの男が座り込んでいた。薄汚れた荷物を満載した、いやに真新しい自転車をわきに停め、ジュースを飲んでいる。

私は急いで店内に入り、ハンバーガー(クォーターパウンダー)を注文した。窓外の彼がどこかへ行ってしまわないかと思うと気が気ではなかった。喉元にかすかな緊張感がせり上がってくる。

ハンバーガーを受け取ると店外へ出て、しばらく遠巻きに彼の様子をうかがって、それから意を決して声をかけた。「お願いがあるのですが」、私はそう言って、彼の横に腰かけた。

例の説明書を取り出して、ひとつずつ指差しながら読み上げていった。これほどの至近距離でホームレスと話すのは生まれて初めてだと思う。彼の額にはワニあたりの爬虫類を思わせる深いしわが刻み込まれていて、それが私の生きる世界と彼の生きる世界との埋めがたい距離を物語っているようだった。

説明し終わってどうかと聞くと、彼は痰のからんだような濁った声で、いいよと言った。

やってくれるだろうとは思っていたが、いざ実際に答えを聞くと、私は動揺した。大仰に言えば、歴史的瞬間に立ち会うような緊張と興奮があった。私はなぜか小刻みに震え始めた手で、まずはこれに記入してほしいとクリップボードにはさんだアンケート用紙とボールペンを渡した。

彼は極度の近視らしく、紙に額をこすりつけんばかりの距離で、ぎゅうと目を細めて、名前、性別、年齢と書き込んでいく。ただ、その文字はおよそ判読不可能で、結局私は彼にスペルを確認しながら代筆しなければならなかった。

それからハンバーガーを取り出して、先にかじりたいか、後からかじりたいかを聞いた。先に食えというので、私は思い切りかじったが、どうして味がしなかった。何か、とてつもなく悪いことをしているような背徳感があった。言うまでもなくマクドナルドの真ん前なので、私たちの横を人が行き交ってとめどない。

私のかじったハンバーガーを渡し、一口だけかじるように念を押した。だが念を押すまでもなく、彼は歯型がつくかつかないかというくらい、小鳥のように小さくかじっただけだった。歯が悪いのか、腹が減っていないのか、あるいはハンバーガーに毒でも入っていないかと怪しんだのかもしれない。

最後に、肩を組んで一緒に写真を撮る。ふつう、肩を組むのは友愛の行為であるから、相互理解を象徴させるのである。さらにドキュメント性を高めるために、最初はインスタントカメラを用い、次にデジタルカメラでも撮影する。

これはあとで気がついたことだが、彼の肩にまわした私の手の先は、彼の肩を抱かず、内側に閉じられていた。いつか心理学の本で読んだことがある。表情や口先はごまかせても、手先には人間の本音が出るのだと。つまり、私の深層心理は友愛などというポジティブな感情とはほど遠いことは明らかだった。

すべて計画通りに終えて私は、彼に礼を言って10ドルを渡すが早いか、犯罪者が現場から急いで立ち去るように立ち上がった。その瞬間、「Hey you!」という声に心臓が止まった。見るとドライブスルーの列に並ぶ車に乗った子供が、私を指さして何やら叫んでいる。

「あなたってユーチューバーじゃない? どこかで見たことあるよ!」――私は完全に動揺して、何のまともな英語もしゃべれずに、ただ笑って、ノー、ノーと言うことしかできなかった。それでも子供たちは私が有名人か何かだと信じて目を輝かせ、しかし、その横でホームレスの彼は、ただ10ドル札を固く握りしめ、くすりとも笑っていなかった。

参考ページ:ONE BITE CHALLENGEシリーズ

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