アメリカのカツ丼

人間、誰しも半年に一度は無性にカツ丼が食べたくなるものだ。

先週の日曜日が、まさにその日であった。

日本なら三歩も歩けばカツ丼屋に当たるが、ここはロサンゼルス。近所には三人前が一人前というメキシコ料理屋か、一口ごとに尿酸値が上がるハンバーガー屋くらいしかない。

それで思い出したのが、ダウンタウンにある、以前メニューを立ち見したことのあるうどん屋である。

よく、そば屋のカツ丼はだしが利いていてうまいと言われる。ならばうどん屋だって負けず劣らずうまかろう。

訪れたのは昼下がりで、店内の席の八割は埋まっていた。日本の釜揚げうどんのチェーン店と同じような作りで、まずトレイをとり、天ぷらやおにぎりを選びながらレジに流れていくスタイルのようである。が、なぜかそのようには機能しておらず、直接レジに行き、口頭で注文するファーストフード形式であった。

なにはともあれ今日はカツ丼の日であるので、私は迷わずCutlet Bowlを注文した。チキンかポークかと聞かれたが、豚に決まっている。カツ丼とは「豚カツ丼」の略であって、チキンカツ丼なんてのは、いっそ「親子丼(衣付き)」とでも呼んだほうがいい。

着席して待つこと5分あまり。番号を呼ばれ、レジ横の受け取り口までとりに行く。それは異国の地ながら、確かにカツ丼であった。日本人なら目をつぶっていてもカツ丼だとわかるカツ丼である。

私はいそいそと席に戻り、割り箸をとってカツをつまんだ。と、なぜかその下には、田舎の初雪のように真っ白な米が広がっていた。

私は狼狽した。ふつう、カツ丼の米はしっとり出汁に濡れているものである。それがどうして、純白なのである。

とにかくは、カツをひとかじりする。私はなお混乱した。カツには出汁がしみている。それが米には及んでいないとは、どんな神業であろう。

実際、聖書にそういう話がある。ギデオンという人が、神の真意を確かめるべくこう祈った。戸外に羊の毛の塊を一晩置き、その羊の毛だけを夜露で濡らし、周りの土は濡らさないようにしてくださいと。するとその通りになったのである。

むろん、カツ丼なんぞに神の意志が顕れることはあるまいが、しかしそれくらいの異様さはある。

もう一切れカツを持ち上げる。やはりけがれなき白米が露わになる。口に運ぶ。それでもカツには出汁がしみている。そこではたと気がつく。卵には出汁がしみていない。

私はカツ丼を味わうことをやめ、カツの卵をはがし、衣をはがし、その構造を分析した。そして完全に理解した。これはカツ丼ではない。

作り方はこうだ。まず、フライパンで玉ねぎ入りオムレツを作る。半熟かそれ以上になったところで、出汁をくぐらせた豚カツをのせる。そしてしっかりオムレツを焼き上げる。なんなら焦げ目がつくほどに。それをご飯にのせたなら、当然、米に出汁のかかろうはずもない。

「豚カツ玉ねぎオムレツ丼」とでも呼ぶべきそれは、笑えないアメリカンジョークにも似た違和感で、ビッグなお値段1000円強。思えば遠くに来たもんだと言う他ない。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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