物欲はどこから来て、どこへ行くのか

オランダにいると物欲がなくなる。

日本に帰るとモノがほしくなる。

自分だけかと思っていたが、オランダで会う人たちは皆、似たようなことを口にする。

考えられる理由は三つあると思う。

第一に、日本の広告量である。アムステルダムと、新宿渋谷あたりの画像を検索して比べてみればいい。

あの圧倒的な広告に日々さらされて、何の影響も受けないはずがない。自分の興味感心に関わらず、脳は常にあらゆる情報を処理している。

四六時中、「買え」「欲しがれ」、あるいは「毛を抜け」「痩せろ」「整形しろ」などというメッセージを受け取り続けてどうかしない方がおかしい。

無意識レベルでの影響は言うまでもなく、うっかりネットで検索して深堀りすれば、欲望の対象として記憶に刻まれる。

広告が少なければ少ないだけ、脳の負荷が軽減されるのはもちろん、物欲の対象そのものが減る。

これは、欲望の総量が減ることを意味する。人間は未知のモノを欲することはできないからだ。知って初めて欲しくなるのである。

第二に、オランダでは店の営業時間が短いことである。

日本では、24時間営業のコンビニや飲食店は珍しくもないが、オランダでは皆無である。

そもそも、コンビニに配送やコピー、ATMなどの利便性はなく、ただの雑貨屋である。そこで生活の要となるのはスーパーだが、遅くとも22時には閉まる。土日はもっと早まり、18時に閉店する店も珍しくない。

つまり、深夜、ふと何か食べたくなったりしても、物理的に買えないのである。

そう考えると、24時間営業の店が氾濫していること自体が、強烈な広告であることがわかる。いつでも選択肢として存在するからこそ、物欲が成立するのだ。

なにはともあれ、店という店が閉まっている以上、おとなしく帰って寝るほかない。一晩寝てもやっぱり欲しいものなど、滅多にあるものではない。

第三に、オランダ人の素朴さ、飾り気のなさがある。

全身ブランド物でかためたような人はまずいない。男女問わずよく見るファッションの印象と言えば、秋冬であれば「雨風に強く、暖かそう」、春夏であれば「動きやすくて、涼しそう」である。

日常的に化粧をしている人も非常に少ない。スッピンじゃ恥ずかしいとか、外出と化粧はセットで義務、サボれば女を捨てたと見なされるとか、そういう強迫的観念は微塵もない。

その感覚は、男性にも影響を及ぼしていると思う。女性が着飾れば、男性は見る。自然と美醜をジャッジする目が育つ。逆もまた然りであるが、それがない。

そのため、男女問わず、自分の意思や好みの範囲を超えて、無理に金と時間をかけ、もっとかっこよく、もっときれいに、もっと美しくといった不毛な競争に駆り立てられずに済む。

思うに、物欲というものは、自分の内側から湧き起こっているように見えて、その実、他人に「欲望させられている」ものなのではないだろうか。

想像してみてほしい。地球上に、自分ひとりしか存在しない状況を。

そこで、おしゃれな服を欲するだろうか。かっこいい高級車を求めるだろうか。髪を染めたり、ネイルをしたり、あるいは顎の骨を削ったり鼻筋にシリコンを詰めたりしたいと思うだろうか。

見せる人も、見てくれる人もいないのである。うらやましい人も、うらやましがってくれる人もいないのである。テキトーに食って寝て、たまにオナニーでもするのが関の山ではないだろうか。

誰かが欲しいと思うから、あなたもそれが欲しくなる。あなたが欲しいと思うから、誰かもそれが欲しくなる。

それが全人類、億単位で相互に作用して、世界中に物欲の暴風が吹き荒れる。

人間の三大欲求――睡眠欲、食欲、性欲以外は、他人によって作られている、というか煽られているだけなのではないだろうか。

究極、私だけの「オリジナルの物欲」などというものは、存在しない気がする。

たとえば、子供のころに夢中になったカードやビデオゲームの類も、周りが欲しがっていたからこそ、自分も一緒になって欲望の対象と信じて疑わず、欲しがっただけではないだろうか。

大人になって追いかける一流企業への就職や、その後の昇給、出世なんかも、みんなが求めているから自分もそんな気がしているだけで、あるいは、出世なんかいらない、責任は持ちたくない、残業もお断り、さっさと帰ってプライベートを大切にすることこそ正義、なんて発想も、誰かに教わった「借り物の欲望」でしかないのかもしれない。

そう、誰も欲しがらないものを、あなたは欲望できない、というかぜんぜん欲しくなれない。だとすれば、我々はいったい何を欲しがっているのだろうか。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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