ベトナム人は死なない
最終更新: 2025/04/28
ベトナムは危ない。
初心者は、道路ひとつ渡れない。
想像してみてほしい。満員御礼の東京ドームで、野球観戦を終えた観客が、全員、原付にまたがり一斉に帰ろうとしている状況を。控えめに言ってカオスである。
よほど大きな通りでなければ、横断歩道はない。信号もない。バイクの波は無限に続く。
この世にこれほど人間と原動機付自転車があったのかと、恐ろしくなる。そりゃあ、人口爆発で炭素ガスが温暖化で地球が終わって人類も滅ぶ。聞き飽きた環境論が実感をともなうリアルな危機として感じられる。
それはともかく、渡れるわけがない。が、現地の人はこなれたもので、すんなり渡ってゆく。それを何人か見て、方法を学ぶ。
ゆっくりと、一歩ずつ進むこと。急いではいけない。日本式に、タイミングを見計らい小走りで渡ろうなんてのは自殺行為である。いっそ道路に突っ立っているような状態が理想的だ。
「前方に人間あり」と気づいたバイカーは、止まりはしないが、スピードを落とし、避けてくれる。すると、羊飼いの率いる羊の群れのように、後方のバイカーたちに連続的に伝わり、自分の周囲にぽっかり空間が生まれる。
人間不信の者には至難の業だ。見ず知らずの赤の他人、それも言葉の通じない外国人を、百人単位で「止まってくれるはず」と、まともな書面もなく信用するなんて狂気の沙汰である。
とにかくは、そのように一歩ずつ進めば、結果的に道路を渡り切ることができるというわけだ。
異文化体験の醍醐味と言って言えなくもないが、どう考えても安全ではない、というか命の危険すら感じる。
実際、人口10万人あたりの交通事故死者数は、日本は約2.1人に対し、ベトナムは約11.0人なのである (警察庁「令和6年中の交通事故の状況」、ベトナム交通安全委員会「2022年交通事故報告」)。
つまり、ベトナムで交通事故で死ぬ確率は日本の約5.2倍だということだ。逆に言えば、日本はベトナムの約5.2分の1、「死ににくい」。
ベトナムに生まれなくてよかった、さすが安全大国ニッポン、などという話ではない。日本はべつの理由で死にやすい。自殺である。
人口10万人あたりの自殺者数は、日本は約17.5人に対し、ベトナムは約7.5人 (厚生労働省「人口動態統計(2023年)」、World Bank「Suicide mortality rate, 2019」)。
日本はベトナムの約2.3倍「死にやすい」ということだ。
試みに、交通事故と自殺をかけ合わせた、「死にやすさ指数」とでも呼ぶべきものを計算してみよう。
日本: 2.1 (交通事故) + 17.5 (自殺) = 19.6
ベトナム: 11.0 (交通事故) + 7.5 (自殺) = 18.5
この数値を比べると、19.6 ÷ 18.5 = 約1.06
なんだかんだ日本はスゴイと思い込んでいる人には悪いが、現実は、日本のほうがベトナムより約1.06倍、「死にやすい」。
わずか「0.06」の差ではない。この0.06は6%に相当し、10万人当たり1.1人の死亡率の差となる。日本の人口1.2億人ならば年間約1320人。毎日3、4人の人が死んだり生きたりするのは決して誤差レベルではない。
とにかく死にたくないという人は、今すぐベトナムに移住するのが科学的かつ合理的判断というものである。
とまれ、この結果は、日本人とベトナム人のサバイバル力の差のように見える。なんといってもベトナムは、地球上で唯一、超大国アメリカに勝利した国なのだ。
かつて日本も米国相手に戦ったが、結果はご存じの通りである。みんなして竹槍を空に突き上げ、精神論をでっち上げて勝てるなら、今ごろ北朝鮮あたりが世界の覇者になっている。
同じ「竹」の使い方ひとつとっても、ベトナムは次元が違う。彼らはそれを、ブービートラップという罠に利用した。
竹を斜めに切って槍にするのは同じだが、そこに糞便を塗りつける。穴を掘り、串刺しになるよう仕掛ける。そして草葉で覆い、落とし穴にするのである。
この罠にはまると、単なる怪我ではすまない。糞便の雑菌が感染症を引き起こし、たちまち傷は化膿し致命傷となる。
ちょっと、日本人には出てきそうもない発想だ。絶対に死なない、生きる執念が桁違いとしか思えない。
人間、最後の最後に生死を分かつのは、生きようとする力、生命力である。仮になにかの間違いで再びアメリカと一戦を交えたら、性懲りもなく日本は負けて、やっぱりベトナムは勝ってしまう、そんな気がする。

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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