夢をかたづける
2020/09/17
大型のスーツケースを開けると、一年半前と同じにおいがした。
相当、かなり、目一杯、夢を詰め込んでこの地にやって来たことを思い出す。夢のにおい残る空っぽのスーツケースに、今は夢の残骸を詰め込んでいる。
何がダメだったんだろう、なんて犯人探しはしない。犯人が見つかっても、つかまえても、きっと虚しい。
みんな、同じ時を生きている。一年、二年、あるいは十年、二十年。そこで人は、実りあるものになったとか、ならなかったとか、何らかの結果を思う。
それはもちろん、自分の予想、期待、目論見、そこからの距離であって、遠ければ遠いほど、人は落ち込んで、悲しむ。
私は、この地で、できるだけのことはやったんだと、よくやったんだと、ついさっき、五分前まで、そのように思っていた。だけれども、一年半前のスーツケースのにおいは、私のそのような解釈は自己防衛で、ごまかしに過ぎないことを、ずばり、指摘した。
それは突然、「おまえ、口くさいよ?」と言われるような衝撃で、私は、うん、とか、そうかな、とか、どうしていいかわからず、曖昧に笑って、戸惑って、とりあえず、その場を逃れることにした。つまり、スーツケースを閉じた。
マジで? って感じがする。いや、もう若くはないんだけど、人間、本当に驚いた時は、雑な言葉が口をつくもの。マジで? いや、おれの人生、マジで?
何もかもが結局はいい経験になるんだと、人は言う。私はそんな発想を、救えない貧乏根性だと切り捨てたい。悪い経験は、もっと、挫折は、はっきり挫折でしかなく、私は失敗したのだと認めて受け止めなければならない。
前向きに、ポジティブに解釈するのはとても簡単だ。それは本能的な生存欲求に似て、自分を守るための方便でしかない。ダンゴムシをつつけば丸くなるのと大差ない。
だから私は、これを、あくまで理性的に、私にとって人生で初めての挫折なのだと、失敗以外のなにものでもないのだと、全身で受け止めて、ちょっと、泣きたい。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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