【連載:基督者への回り道】わだば新加坡でゴッドになる(2)〜えび煎餅が食べたい

  2017/12/14

ひとくちに黒人と言ってもいろいろある。しかし、シンガポールにおける黒人の大半はインド系で、その神父も例外ではなかった。見分け方というほどのものではないが、英語のRやLの発音が、ちょっといじった原付の排気音のような巻き舌だったなら、まずそれと見て間違いない。

と、さも語学堪能かのような物言いをしてみたものの、実際、何を言っているのかは判然としない。それでも彼の大げさな身振り手振りを見ていれば、とにもかくにもその熱量だけは理解できる。

儀式は進み、厳粛な空気が濃くなる。神父の周りに座っていた従者が立ち上がり、金の盃と盆を運んでくる。神父は一礼してそれを受け取る。それから「えび煎餅」としか形容しようのないものを、両手でつまみ頭上高く持ち上げた。煎餅は煎餅でも「聖餅」と呼ばれるそれを、私は映画か何かで見たことがあった。しかし実物を見たのは初めてで、少なからず感激する。

神父はえび煎餅を光にかざすようにかかげ、またなにごとかをひとしきり唱えた。そして「これはキリストの身体だ」と結んで、それを口にした。瞬間、まさに煎餅のCMにあるようないい音が、マイクを通じて大きく教会全体に響き渡った。

パリッ、パリッ、パリッ――次に神父は金の盃を高くかかげ、「これはキリストの血だ」と言って飲み干した。すると周囲から従者たちが集まってきて、神父はこれにえび煎餅を授けた。各々、口に手をそえながら、いかにもありがたそうに口にする。食べ終えると、えび煎餅が山と盛られた金の盆を持って参列者の元へ向かう。

ちょうどリレーのように、神父から従者、従者から参列者へと、仰々しくえび煎餅が授受されるのであった。他でもないキリストの身体なのだから当然といえば当然かもしれないが、しかし、これほどありがたがられるえび煎餅を、私はちょっと見たことがない。それはともかく、食べてみたい。私もえび煎餅を求める列に加わり、ご相伴に預かることにした。

「洗礼はしているか?」――いよいよ私の番というところで、いぶかしげに従者が問う。していないと答えると、手のひらで犬でも追い払うようにあしらわれる。私はとっさにかみついて、じゃあどうすれば洗礼できるのかと聞いた。私の後ろで待っている人もあるから、あとで来なさいと言う。

ミサが終わると、先ほどの従者のもとへ駆け寄って、言った。「洗礼したいんです。どうすればいいんですか?」むろん、そのように思って今日、この教会に来たわけでは全然なかった。それこそ思いつきに過ぎない。ただ、えび煎餅が食べられなかったことが、無性に口惜しかったのである。しかし、具体的な言葉としてそう伝えてみると、彼は不意に柔和な顔つきになって、私も私でずっと前から洗礼したかったような気がしなくもないのであった。

【連載】わだば新加坡でゴッドになる
  1. 深い興味と浅い導き
  2. えび煎餅が食べたい
新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

ご支援のお願い

もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。

Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com

Amazonほしい物リストで支援する

PayPalで支援する(手数料の関係で300円~)

     

ブログ一覧

  • ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」

    2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。

  • 英語日記ブログ「Really Diary」

    2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。

  • 音声ブログ「まだ、死んでない。」

    2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。

  関連記事

似たものしか愛せない

お気に入りのバーがある。当方、バーなんて柄ではないが、どう見ても居酒屋とは形容し ...

渡米のお知らせ

本年2019年3月末より、カリフォルニアのロサンゼルスに移り住むことになりました ...

金で結ばれ、情で切れ。

我々が日々しこしこと会社へ向かうのは、他でもない金のためである。 もし金がもらえ ...

歯痛悶絶日記(2)〜切った張ったの歯医者さん

歯痛が収まる気配は微塵もなかった。 決して大げさではなくわらにもすがる思いで駆け ...

オランダのカリスマ美容師

2022/07/14   海外・外国語

海外で髪を切るのはつらい。 過去にも「アメリカの散髪」や「オランダの散髪」で書い ...

当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。

Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. All Rights Reserved.

Copyright © 2012-2024 Shintaku Tomoni. All Rights Reserved.