人間の中のX (遠藤周作/中央公論社)

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いまさらだが、遠藤周作は文章がうまい。そんなことぼくに言われなくたってあたり前なのだが、この人の文章は好きだ。と言っても「沈黙」とあと2、3冊くらいしか読んでいないが。
遠藤周作は小説家になる以前は、学者的、批評家的な才能をまず認められたそうである。そのためだろうか。文章のなかに、他人に伝わりにくい私情的な表現が極端にそぎ落とされている。それはともすれば百科辞典のような淡々とした説明に終わってしまいそうなのだが、しかし、遠藤周作の巧みな文章構成、繊細な言い回しによって、逆に強烈な感情移入をうながされる、とぼくは思う。
さて、この本の内容についてだが、取材旅行記、対談、エッセイと、なんだか雑多な構成である。しかしまあ、作者の文章の多様性を概観することで、遠藤周作という作家の本質が滲み出ているのではないか、という気がする。
以下、内容を抜粋。
オルガンチーノ神父に伴われたこの黒人を見た信長は、その肌の色が着色したものと思い、その上半身を洗わせた。そしてそれが本物だと知ると黒人と会話をかわし、またその芸を見て悦び、更に信忠たち息子を宿舎の妙覚寺からよんで、見物させたという。
なぜならすべての人間は中年になるまで、おのれの力量や才能の限界を知らず、身のほど知らずの野心にかられるものだが、中年に至って、その限界に気づき、淋しさと諦めとをもって、自分を知るのが常だからである。
わたしはね、キリスト教の愛と仏教の慈悲との違いをあの本の中に書きましたけれども、愛には反対語として憎しみというのがあるわけだ。しかし、慈悲の反対語としてはなんにもないんだよ。無慈悲という、慈悲がないという状態でしか反対語がないわけだ。また愛というのはね、目上から目下の場合も、目下から目上の場合も、対等の場合も言えるでしょう。慈悲というのは、常に上から下。授ける、授けられるもの、そうでしょう。そういう性格もある。だけど反対語をもっていないってことはね、絶対平和主義、絶対の和の思想ってことでしょう。
だって、地獄を見ることはたいへんなことだよ。そんなこと人間に不可能だよ。悪魔だけがそれを見ることができるのであって、人間が地獄なんて見えるはずがない。アウシュヴィッツだって、他人のために飢餓室に入れられたコルベ神父のよな男が一人いたかぎり、あそこも地獄じゃない。われわれは地獄ではなく悪の世界を見る。
以上
最後の話には非常に感銘を受けた。そうか、この世には、どんなときにも、どんなことが起こっても、地獄というものは出現し得ないのだと、思った。そう、広島に原爆が落ちたときだってそうで、あれは決して地獄というものではなくて、人類史上もっとも強大な悪が現出し、それを見てしまったのだ。
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