人間の中のX (遠藤周作/中央公論社)

書籍人間の中のX(遠藤周作/中央公論社)」の表紙画像

購入価格: 不明

評価:

この記事は約2分3秒で読めます

いまさらだが、遠藤周作は文章がうまい。そんなことぼくに言われなくたってあたり前なのだが、この人の文章は好きだ。と言っても「沈黙」とあと2、3冊くらいしか読んでいないが。

遠藤周作は小説家になる以前は、学者的、批評家的な才能をまず認められたそうである。そのためだろうか。文章のなかに、他人に伝わりにくい私情的な表現が極端にそぎ落とされている。それはともすれば百科辞典のような淡々とした説明に終わってしまいそうなのだが、しかし、遠藤周作の巧みな文章構成、繊細な言い回しによって、逆に強烈な感情移入をうながされる、とぼくは思う。

さて、この本の内容についてだが、取材旅行記、対談、エッセイと、なんだか雑多な構成である。しかしまあ、作者の文章の多様性を概観することで、遠藤周作という作家の本質が滲み出ているのではないか、という気がする。

以下、内容を抜粋。

オルガンチーノ神父に伴われたこの黒人を見た信長は、その肌の色が着色したものと思い、その上半身を洗わせた。そしてそれが本物だと知ると黒人と会話をかわし、またその芸を見て悦び、更に信忠たち息子を宿舎の妙覚寺からよんで、見物させたという。

なぜならすべての人間は中年になるまで、おのれの力量や才能の限界を知らず、身のほど知らずの野心にかられるものだが、中年に至って、その限界に気づき、淋しさと諦めとをもって、自分を知るのが常だからである。

わたしはね、キリスト教の愛と仏教の慈悲との違いをあの本の中に書きましたけれども、愛には反対語として憎しみというのがあるわけだ。しかし、慈悲の反対語としてはなんにもないんだよ。無慈悲という、慈悲がないという状態でしか反対語がないわけだ。また愛というのはね、目上から目下の場合も、目下から目上の場合も、対等の場合も言えるでしょう。慈悲というのは、常に上から下。授ける、授けられるもの、そうでしょう。そういう性格もある。だけど反対語をもっていないってことはね、絶対平和主義、絶対の和の思想ってことでしょう。

だって、地獄を見ることはたいへんなことだよ。そんなこと人間に不可能だよ。悪魔だけがそれを見ることができるのであって、人間が地獄なんて見えるはずがない。アウシュヴィッツだって、他人のために飢餓室に入れられたコルベ神父のよな男が一人いたかぎり、あそこも地獄じゃない。われわれは地獄ではなく悪の世界を見る。

以上

最後の話には非常に感銘を受けた。そうか、この世には、どんなときにも、どんなことが起こっても、地獄というものは出現し得ないのだと、思った。そう、広島に原爆が落ちたときだってそうで、あれは決して地獄というものではなくて、人類史上もっとも強大な悪が現出し、それを見てしまったのだ。

前の記事
人身売買
次の記事
巻頭随筆 (4)

ご支援のお願い

もし当ブログになんらかの価値を感じていただけましたら、以下のいずれかの方法でご支援いただけますと幸いです。

Amazonギフト券で支援する
→送信先 info@tomonishintaku.com

Amazonほしい物リストで支援する

PayPalで支援する(手数料の関係で300円~)

     

ブログ一覧

  • ブログ「むろん、どこにも行きたくない。」

    2007年より開始。実体験に基づいたノンフィクション的なエッセイを執筆。アクセス数も途切れず年々微増。不定期更新。

  • 英語日記ブログ「Really Diary」

    2019年より開始。もともと英語の勉強のために始めたが、今ではすっかり純粋な日記。呆れるほど普通の内容なので、新宅に興味がない人は読んで一切おもしろくない。

  • 音声ブログ「まだ、死んでない。」

    2020年より開始。ロスのホームレスとのアートプロジェクトでYouTubeに動画をアップしたところ、知人にトークが面白いと言われたことをきっかけにスタート。その後、死ぬまで毎日更新することとし、コンテンツ自体を現代アートとして継続中。

  • 読書記録

    2011年より開始。過去十年以上、幅広いジャンルの書籍を年間100冊以上読んでおり、読書家であることをアピールするために記録している。各記事は、自分のための備忘録程度の薄い内容。WEB関連の読書は合同会社シンタクのブログで記録中。

  関連記事

会話もメールも 英語は3語で伝わります

この手のタイトルははったりだと思われがちだが、しかし、実に有益なヒントに満ちあふ ...

キリスト教文化の常識

宗教として押し付けがましくなく、文化としてのキリスト教(特にカトリック)のあり方 ...

2週間で小説を書く!

あらゆることに通ずることだなあ、と思う。以下本書より引用。 「才能」とは書き続け ...

たべもの文明考

ほんっとすばらしい本。 ぼくが愛するのはこういう本だという代表のような内容で、と ...

インディアスの破壊についての簡潔な報告

インディアン嘘つかないの哀しき史実。人類史のおける最凶最悪の殺戮であろう、いや本 ...