キュレーション 知と感性を揺さぶる力 (長谷川 祐子/集英社)

書籍キュレーション 知と感性を揺さぶる力(長谷川 祐子/集英社)」の表紙画像

購入価格: 不明

評価:

この記事は約2分45秒で読めます

題されたタイトルを考えると、全編を通して緊張感が足りないように思われる。むしろこのとりとめのなさ、ゆるさを狙ったのであればそれはそれでいいのかもしれないが。

酒を飲む場面が多過ぎるのも、本人と面識や好感がない人にはマイナスポイントのように思う。しかしまあ、なるほどなと思うところもなくはなかった、という感じか。

日本は世界の多くの国と同様に血統主義をとっている。日本の場合、父親か母親のいずれかが日本人であれば、その子どもはどこで生まれても日本国籍を取得できる。いっぽうで移民たちによって形成された歴史を持つ南北アメリカ大陸のほとんどの国は、出生地主義を採用している。これは、親の国籍や滞在資格に関係なく、その土地で生まれた者にはすべてその国の国籍が与えられるというもの。ぼくの場合、出生地主義のペルーで生まれたので、ペルー国籍が付与された。

ブラジルでは、『友だち』っていったらなんでも言えるし、いつでも頼れるっていうことなんです。たとえば、わざわざ電話して、『今日あなたの家に泊まってもいいですか?』『あ、いいよ』ってわけじゃなく、連絡なしに直接家に行って『来たぞー』って感じ。ほんとは今日はあなたと会うつもりはなかっ たんだけど、でもあなたが来たから、もうなにかやってたことは忘れて遊ぼうっていう関係があって。日本だとそういうのはあんまりないんじゃないかな。もしそんなことしたら、たぶん相手が帰ったときに『あの人が来てから予定がぐちゃぐちゃになった』とか、なんか『仕事やれなくて明日上司に怒られる』とか、そういう心配があるじゃないですか。ブラジルはもう友だちと飲んで『明日はもうどうでもいいや』って感じだと思う

「日本」を紹介しようとするとき、我々は急に、どこか自分たち以外の、もしくは外国の目を気にしすぎたことによって定義された「日本文化」を移入してしまっているのではないか。それって本当に自分たちの文化を紹介したことになるのだろうか。などと考えた。もし自分たちの生活を文化と呼ぶのなら、我々が紹介しようとする「文化」とはいつもちょっと違うところにある。生活は毎日すこしずつ変化をして、文化はそのなかで練り上げられ、更新されていく。いつかの段階で、これが我々の文化であると定義したその時点から、またすこしずつギャップが生じていく。このギャップのことをどう考えるのか

     

ブログ一覧

  関連記事

吉野家の新業態「吉呑み」体験記

2014/10/09   エッセイ, 日常

珍しくそのまんまのタイトルをつけた気がする。というか、久しぶりのブログである。 ...

An Amazing Journey Inside My Mouth. Just Me And My Dentist. A Kids Book About Their First Trip To The Dentist

「英語について」ばかり学ぶのはそろそろ卒業せねばと、ようやくで英語そのもの、いわ ...

サラリーマンという人生

サラリーマンは 気楽な稼業と きたもんだ 二日酔いでも 寝ぼけていても タイムレ ...

鼻から始まるABC

2008/04/08   エッセイ

サラリーマンに酒のにおい、小学生にランドセル、女子高生にミニスカート、母にエプロ ...

どよめきの朝から夜、HP 更新!!

2008/08/30   エッセイ

土曜日は歯医者。 しばらくそのようになりそうです。 麻酔をしたので30分くらいは ...

当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。

Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited. All Rights Reserved.

Copyright © 2012-2026 Shintaku Tomoni. All Rights Reserved.