独白だけが人生だ

  2017/08/22

水曜は平日のど真ん中だが酒を飲む。飲むのだ。

酒は心の玉箒。憂いも悲しさもやるせなさも、すべて酒の中に溶かしてどろどろにするのだ。

というわけで、いとこのやっているお店「蛇足」にゆく。この店名には、初めて聞いた時から自分の感覚に近いものを感じていたりするのである。

で、おつまみにパスタやカレーを出していただき、白ワイン一本をぺろっと空ける。相変わらずワインの味など興味はないのでがぶがぶ飲む。それこそ、自我を消滅させる勢いで飲む。最後にアブサンぽい味がするというペルノーというお酒をロックで一杯いただいて締めとする。

アブサンというお酒は、数々の文学者や芸術家を狂わせたと言われるお酒で、確かドストエフスキーあたりが飲んでいた気がするが、定かではない。というかそもそもアブサンではなく、あくまでもアブサンぽい味のこのお酒は、前回来たときに初めて飲んだのだが、いかにも麻薬的な怪しい草っぽい味がして、つまり危ない味がして、とてもぼく好みなのである。別の表現をすると、このお酒は「おいしい」ではなく「うめぇ」、もしくは「うべぇぇげへへへへぇぇ」と飲むのが正しい感じがする味なのである。

やはり滅法気に入ったこのお酒。いとこに売っているお店を聞くと(ていうか、いまふと気付いたが、このいとこの名前がわからない……。記憶喪失orz)、東急ハンズの斜め前にある「やまや」にあるという。まだ開いてるよというので、酔っ払いは蛇足を出てやまやへとまっすぐ向かう。

しかし、もう飲むなという神様のお恵みかなにかで、やまやはすでに閉店していた。嘔吐下痢高熱暴飲暴食するくらい愛している人からもらったSEIKOの44,000円(2010/新宿西口ヨドバシカメラ価格)の自動巻きの腕時計を見やると22時を回ったところであった。

が、ここでまっすぐ帰宅するわたくしではない。超人は負けない。神は死んだとニーチェを気取ってセブンイレブンに向かった。酒でも買って、川辺でたそがれようと思ったのである。

ウォッカでも買ってくたばろうかと思ったが、いやいやもう死んじゃうから軽めにしなさいというかすかな良心から、グレープフルーツ酎ハイ(500ml缶)とスルメを買って、ひとり川辺へ、というか入水……と思ったが、せっかく広島なのだから、川なんかよりも原爆ドームを眺めながら飲んだほうがいいに決まっていると思い直し、原爆ドームわきの川に入水、ではなく被爆、でもなく単なる散歩で、4人がけのベンチをひとり陣取った。

酎ハイをプシュッと開けて、スルメをグニグニ噛みしめつつ、原爆ドームを見上げた。原爆ドームは控えめにライトアップされている。よくよく考えたら、なんで原爆ドームの前にベンチなんか設置するんだろうかと思った。原爆ドームの前で憩おうとするその神経っておかしくね? と思ったが、すぐそばではカップルが原爆ドームを前にしっかりイチャついていた。はだしのゲンが居たら「わりゃあこのパンパン娘!」と投石はまぬがれないであろう。

人間なんて、無神経なもんだよなと思った。それから、人間というのは、どんなに善良な人間であろうと、つまるところ先人を踏みにじって生きていくことしかできないんだよなあ、とも。

「ここに原爆が落ちたと?」

おそらく出張か何かであろうサラリーマン2人が、確かに博多弁でそう言って、携帯で撮影していた。

それから塾か何かの帰りであろう女子高生が、やはり携帯で原爆ドームを撮影していた。外人も通りがかり、これもやはり撮影していた。

その写真をどうするのだろう。どんな文面を付けてメールするのだろう。おそらく「今日もつかれた。いまは原爆ドーム前を歩いているところ」くらいの、しょうもない内容であろう。しっかし、わけわかんねえな原爆ドームって存在は、と思った。

酒もスルメも無くなってきたころ、Twitterで「ただいまー原爆ドーム前〜にて〜飲酒〜。もちろん一人〜一人〜。明日のブログのタイトルは、おそらく「独白だけが人生だ」です。お楽しみに。」とつぶやいておいた。

それからふっととんでもなく悲しくなって、絶望的な気持ちになって、ああもう死にたいなあと思った。とりあえず、今日はもうこのベンチに寝ようと、ひとり横になってみた。

はたから見れば単なる酔っ払いである。いや、自分から見ても単なる酔っ払いである。

ベンチに頬をくっつけると、冷たかった。その冷たさは心地よくて、しかし同時にやるせなくて、どうしてこうも人生というやつは、いや、人類にとっての人生ではなくて、ぼくにとっての人生は、こうもじれったくて、うまくいかなくて、どうにもできずどうにもならないのだろうと、ひしひしと思った。

そして服毒飛び降り首吊りなど、自殺の方法に一通り思いを巡らして、さて帰るかと、我に返って立ち上がった。

帰り道、なんだか川面がやけに美しくて、美しく感じられて、ああ、いまこの瞬間、時間が止まればいいなあと、ぼんやりと願った。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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