にんげんの踏ん張りどころ
2020/08/25
人間には踏ん張りどころというものがある。あるったらある。
言うまでもなく、ここはぜひとも頑張らねばならない、というようなときのことである。
それは人生における困難かもしれないし、目指す何かに向かっての努力かもしれないし、そしてとにかくは踏ん張って、何がしかの力を発揮して乗り越えてゆく。
なんて月並みな書き出しで始めたのは、今日のYahoo!ニュースで悲喜こもごもここに極まれりというような事件を読んだからである。
というわけで、最近なんだかまとめサイトみたいになってきたが、今日も引用しちゃう。
【福岡で財布奪われ11日…仙台まで自力で帰宅】
8月末に福岡市で行方不明になっていた仙台市太白区、男性会社員(25)が5日、徒歩などで帰宅した。
福岡市からは約1400キロ。11日かけて戻って来た男性は「福岡市内の路上で財布も携帯電話も奪われた時は焦ったけど、帰宅できてよかった」と話している。
男性によると、8月25日に飛行機に乗り遅れた後、携帯電話の電池が切れた。福岡市内で夜を過ごすため、インターネットカフェを探していた。午後10時頃、路上で男5人くらいに「財布と携帯電話を渡せ」と脅され、財布と携帯電話を置いて隙を見て逃げた。
その後、野宿をしながら仙台に向かった。「靴の中に隠し持っていた2000円で、食パンや水を購入し、飢えをしのいだ」という。
9月5日午後7時過ぎに、母親(46)の経営する岩沼市のスナックに帰ってきた。その後、母親が宮城県警仙台南署に連絡した。男性は「まさかこんな大騒ぎになっているとは。皆様にご迷惑をおかけして申し訳ない」と話している。
真っ黒に日焼けした姿で帰ってきた男性を見て母親は号泣。「幽霊が現れたかと思うくらいびっくりした。本当にうれしい。皆様にはご心配かけて申し訳ございませんでした」と息子の無事を喜んだ。
カードゲームが趣味の男性は、北九州市内で開催された全国大会に参加するため8月23日、仙台を出発。大事なカードはショルダーバッグにしまい、無事、持ち帰った。
最終更新:9月6日(金) 10時20分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130906-00000332-yom-soci
もう、苦笑したらよいのか同情したらよいのかなんなのかさっぱりよくわからない事件である。
25歳と言えば立派な大人である。この日本に警察というものがあることを知らぬわけでもあるまい。仮に人に頼りたくなかったとしても、公衆電話もある。というか、2,000円も持っている。長距離通話もまったく問題ない。
なのに、「徒歩などで帰宅」ってなんだ。「など」って一体なんなんだ。そこは頑張るところじゃないだろう。
それはともかく、「靴の中に隠し持っていた2,000円」というところ、オタクの類は常にこういう非常事態を想定しているのだろうか。
しかし、何を隠そうぼくも十二分にオタクであったので、その心理はあまりにもよく理解できてしまう。
忘れもしない、あれは中学一年か、二年……しっかり忘れているが、そんな時分であった。
いまでこそ「ゲームなんかしてるやつはバカ」と切り捨てて容赦ないぼくではあるが、そのころ、ぼくはかなりヘビーなゲーマーであった。そうして、近所のゲーム屋「レプトン」に足しげく通っていたのであった。
レプトンは、2車線の道路に面した5、6階建のマンションの一階部分にあった。店舗以外の一階の敷地は、マンションによくある作りで、駐車場兼駐輪場になっていた。
そこは昼間でも薄暗く、夏でもひやりと冷たい空気が流れていた。
ある日、いつものようにレプトンに行った。夕方と呼べなくもない、そんな時間だった。もっぱら自転車だったぼくは、その駐輪場を使うのが常だった。
ぼくは駐輪場に入った瞬間、ただならぬ空気を感じた。高校生くらいと思われる人たち、いわゆる不良のような人たちが4、5人、そこでたむろしていた。ぼくは直感的に、これはやばいと思い、自転車は止めずに、そのままゆっくりとUターンした。
「あれ〜、滝川おらんなあ〜」
そうひとりごとを言って、さも人と待ち合わせをしていたかのような小芝居を打った。しかしそれはなんの役にも立たなかった。
「おい、兄ちゃん」
古風すぎるからみ方だが、そのころは1995年あたりであるから、これはまあご愛嬌というところだろう。それはともかく、ぼくはびくっとなって、自転車のサドルの上で固まってしまった。
「ちょっと金出せよ」
不良たちはそう言いながら忍び寄り、ぼくを包囲するともなく包囲した。退路は完全に閉ざされた。完全にカツアゲであった。ぼくにとってカツアゲは初体験であった。ぼくはもう、どうしていいかわからず、頭の中は真っ白になった。
「え、いや、あの、え、あの、も、も、持ってません! よ、よ、よよよよよよよ、よかったら、財布の中、み、みみみみみみ、見せましょうか?」
不良たちは、ぼくのあまりにも実直な対応に納得したのか、財布を見せろとも言わずに、「ああそう、じゃあいいよ。またね」と言って解放してくれた。
ぼくは、「は、はい、あ、あ、ありがとうございますすすす」と言いながら、一目散で自宅へと逃げ帰った。
家に帰って、ぼくは心底ほっとした。よかった、ほんとうによかった。
ぼくは靴下の中に隠していた千円札を取り出して、そうしみじみと思った。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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