大人になったという話
2017/08/22
大人になりたくないと思っていたが、いつの間にか大人になってしまった。
32歳と言えばだれがどう見ても大人であり、いくら子供ですと主張したところで、もう、誰もそのようには扱ってくれない。
子供のころ、大人は口を揃えて子供はいいと言っていた。それから、大人は大変だとも。特に働くこと、お金を稼ぐことは大変なことなんだと、言っていた。
いま、大人になって思うのは、別に大人はそれほど大変ではないということ。そして、お金を稼ぐのも、言い聞かされていたほどの辛苦はないものだということだ。
そう、思っていたより、生きるのは楽なことだった。もう32歳であるので、論語でいう三十にして立つ段階になったので、一応の結論を出したとしても早すぎるということはないと思う。
だから、ぼくが親になったら、子供にはこう教える。生きるのは簡単だ。別に大人は大変じゃない。だけど、大人というものはおもしろくない。大人になることは嬉しいことではない。大人として生きることは楽しいものではない。だから、せいぜい子供の時分を精一杯喜び楽しみおもしろおかしく過ごすことだ、なんて、子供のおまえにそんなことを言っても無理な話か、ははは。
ははは、なんてことを言って、酒をあおる。そのころ、ぼくの顔にはシワが増えている。シミが増えている。皮膚がかさついている。髪が薄くなっている。腹がたるんでいる。精神が歪んでいる。そして、具体的に何がどうというわけではないが、ただただ疲れている。
最近、よく思う、というか、念じるように頭の中で唱えている言葉がある。「嬉々として繰り返す」。
とある本に、「生物の基本は循環と反復」だと書いてあった。今のぼくにとって、ほとんど目から鱗のような言葉だった。人生の何たるかを悟ったような気がした。それで、そのように意識するようになった。どうしようもなく単調で退屈な日々を、あるいはすべてのことを、嬉々として繰り返す。それが、というか、それこそが唯一、人間の生きる道ではないか。
とはいえ、眠る前にある、わずかな、しかし深い空白の時間には、本心がにじみ出てくる。なんて、なんておもしろくない日々なんだろうかと。たぶん、疲れている。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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