日々の無味礼賛
2017/08/22
いろいろな本を読み漁っていると、たまにブリア=サヴァラン(1755 - 1826)の言葉を目にする。たとえば以下などは、彼のもっとも有名な言葉のひとつである。
「禽獣はくらい、人間は食べる。教養ある人にして初めて食べ方を知る。」
ぼくの父がよく、「食うのは動物、人間は食べる」と言っていた。父も結構な読書家であるので、あるいはどこかでブリア=サヴァランの言葉を知っていたのかもしれない。
ともかくはその言葉になるほどと感心して以来、ぼくは滅多なことでは食うという言葉を使わないようにしている。そもそも、そのような物言いをする人間を嫌うようになった。
たとえば女の子が「肉食いてえ」などと言おうものなら、百年の恋もたちまち無関心に帰すこと必至である。
しかし父自身は、かように立派な箴言を自ら吹聴しているにもかかわらず、食に関する所作は決して美しいものではなく、むしろデリカシーがないレベルである。言うは易く行うは難しの典型であろう。というか、そもそも”美しく食べる”という意識など微塵も感じられない。
そう考えると、何を思って自らの不全をことさらに貶めるようなことをわざわざ吹聴しているのか、いよいよ意味不明である。おそらくは真正のマゾヒストなのであろう。
閑話休題。
昨日のこと、塩野 七生著[日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書) ]を読んでいると、次のようなブリア=サヴァランの言葉に出会った。
「国民の盛衰はその栄養いかんによる」
いまいま、ネットで調べたところでは、「栄養」が「食べ方」となっていたが、ぼくとしては栄養の方がわかり良いと思う。ちなみにブリア=サヴァランは、フランスの法律家、政治家、そしてなにより食通の人である。
またしても人間世界の本質を突いた言葉に感心した。ようやくで、彼の本を読んでみる気になった。名著「美味礼賛」をAmazonで買った。
ブリア=サヴァランという人は、食通などとという言葉には到底収まらない、とんでもなく教養の高い文化人だったようである。彼の類まれな才知を示す言葉を、以下にいくつか紹介したい。
「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。」
「胸につかえるほど食べたり酔っぱらうほど飲んだりするのは、食べ方も飲み方も心得ぬやからのすることである。」
「だれかを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間じゅうその幸福を引き受けるということである。」
「料理することは、われわれの文明を促進させたすべての技術の白眉である。というのは、厨房の必要がわれわれに火の使い方を取得させてくれたからである。」
「酔っぱらうほど飲んだりするのは、食べ方も飲み方も心得ぬやからのすること」についてはとりあえず全力で聞き流しておくが、最後の料理についての言は、最近知った進化論的事実と呼応して非常に興味深い。
いまの人間の知性があるのは、焼く、煮る、蒸すという料理を発明したからなのだという。料理をすることによって、”柔らかい”食べ物が食べられるようになった。そのことにより、顎が退化した。おかげで、頭蓋における脳を収めるスペースが増加したのだと。
今でこそ、スルメなどの固いものを食べて顎を発達させようなどと言うし、未来人の想像図では顎が極端に細く描かれたりもするが、そもそも顎の骨肉の退化こそが、現代の人間を成立させたのである。
この話はあまりにもなるほど過ぎて、心底唸ってしまった。
上記のような進化論に限らず、目の前の明らかな事物よりも、風が吹けば桶屋が儲かる式に巡りに巡って偶然成立しているのが、この世の実相なのかもしれない。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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