愉悦の居酒屋
2017/08/22
居酒屋が好きだ。
もう一度言う。居酒屋が好きだ。
最近、節約もなにもなく居酒屋に入り浸っている。入り浸る、というほどではないが、よく行く。もちろんひとりで。
家で適当に作って食べれば、それはまあ絶対的な安上がりには違いないのだが、居酒屋の魅力には抗いがたいものがある。
さて、ぼくは近所に二件ほど素晴らしい店を見つけた。
一件は「お好み焼き ちか」という店である。もうかれこれ5〜6回は行っただろうか。じつに気のいい老夫婦で営んでいる、これでもかというほど庶民的情緒ただよう素晴らしいお店である。
ここの一番の特徴は読売新聞が置いてあることだ。ぼくは新聞を取っていないし読む習慣もない。だからこそ、ここで読む新聞は最高に楽しい。
酒を飲みつつ、無駄に新聞を隅から隅まで読む。ゆっくり読む。ぼくがツイッターで人生案内の記事の画像をアップしているときは、まず間違いなくこのお店からである。
ちなみに新宅という名前で黒霧島をボトルキープ(2本目)している。ボトルキープをすると言うと、いかにもありがたそうに、うれしそうにするおばちゃんの素朴な魅力がすばらしいと思う。
もう一件は「居酒屋とみ」という純和風居酒屋である。というか、「ちか」といい「とみ」といい、ぼくのお店選びの感覚は昭和どころか大正並である。
それはともかく、この「とみ」という居酒屋は昨日はじめて入店した。家から徒歩10秒、つまり目の前にあるので、なんだか気になっていたのだが、どうも敷居が高そうで、というか値段が高そうで及び腰になっていたのである。
しかし昨日、意を決して入店した、というのは真っ赤なうそで、まず遠巻きに(店内からは死角になる位置から、姑息な感じで)表に出ているお品書きの看板に書かれた「あじ一夜干し 300円」というのを見て、これはとんだ良心価格だと安心して入店したのであった。
店名の響きのままに、店内では演歌が、ごく控えめなボリュームで流れていた。
客は人生にも自分自身にもくたびれたおようなばちゃんが三人おり、世間話としか言いようのない話をして、笑うともなく笑っていた。というか、全員、笑うというよりほくそ笑むというような笑い方で、人間すりきれるとこうも自虐的になるものかと不憫になるほどであった。
「わたしのおにいさんがね、車を運転してたら前のトラックから荷物が落ちてきたらしいんよ。まあ、トラックの荷の積み方が悪かったんじゃろうけど、とにかくは車に傷がついて。その荷物がね、お兄さんの車ではねて、その後ろを走っとったバイクにぶつかったんと。それで、そのバイクのおじさんは手をケガしとったらしいんよ。それでまあ、トラックの人とかと話して警察呼んだんじゃけどね、警察が来たときにはそのおじさんがおらんようになっとったんよ。まあ、おそらく飲酒運転だったんじゃろうじゃ、いう話よ。」
「はあ、そりゃあまあ、ケガしとるいうてから、飲酒運転を見逃してくれるわけはないじゃろうけえねえ」
「それよそれ。だって手ケガしとるんじゃけえ。お酒でも飲んどらんと逃げる必要はないじゃろうけえねえ。お兄さんは車検が終わったばかりなのにって言うとったわ、は、は、は…」
一同「は、は、は……(ハァ)」
こんな調子である。
途中、注文を取りに来たおばちゃんに、「もしあったらでいいんですけど」と断って新聞の有無を聞くと、中国新聞の夕刊とスポーツ新聞があるとのことだった。
おばちゃんたちは間もなく帰っていった。僕はひとり、新聞を心ゆくまで読み込んだ。しかし夕刊はページ数が少なくて物足りないし、スポーツ新聞はバカのための新聞に違いなく、程度の低い記事ばかりであまり読む価値はないなあと思った。とりあえず、あれはスポーツ新聞じゃなくてバカ新聞に名称変更したほうがいい。とかいう感想を持ちつつも、どんな種類のものにしろ、活字を読むのは嫌いじゃない。
それを読み終わったあとは、持参していた「近代絵画史—ゴヤからモンドリアンまで (下) 高階 秀爾」をだらだらと読み続け、閉店間際の22時58分まで心底楽しい気持ちで過ごした。
ぼくはその間、瓶ビール500円、山芋短冊の梅和え300円、豚足塩焼き450円、麦焼酎ボトルキープ1600円、あじのみりん干し400円(あじの一夜干しは品切れであった)を飲み食いした。
計3250円であった。良心価格過ぎて店主の手を両手でがっしと握って「いい店ですね!」とぶんぶん振って絶賛したいほどであった。が、あくまでも冷静に、笑顔でごちそうさまでしたまた寄らせてもらいますと言って帰路についた。
帰路は10秒なので、月を見上げたり物思いにふける間もなく帰りついた。
幸せだといえば幸せだし、不幸せだといえば不幸せ。そんな気分の、そんな夜だった。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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