思えば遠くへきたもんだ@仙川湯けむりの里
2017/08/22
そうだ、仙川の温泉に行こう。
そう思い立った昨日の昼下がり。
仕事を終えて新宿のユニクロに寄って、靴下やらパンツやら着替えを買って、京王線で一路仙川へ。
なつかしきは京王線のホーム。仙川までは20分程度。この路線を使って渋谷に通勤していたことも、笹塚の彼女の家に通っていたこともあったので、思い出は深い。
思い起こせば上京してはじめての住まいは成城であった。こう書くと響きはよいが、道路一本はさめば調布であり、小田急の成城学園前駅からも京王線の仙川駅からも徒歩で20分はかかる、なかなかに不便な場所であった。
不便ではあったが、そのころは単車もあったので、特に不自由も感じず楽しくやっていた。
単車に乗っていたなんて話をすると、いまでは皆、ぼくがバイクに乗っているところが想像できないと口を揃えるが、まあ一応はバイカーというやつであった。なんせ樋口くんと福岡から遠路はるばるバイクで四日ほどかけて上京してきたのである。
思い出話はさておき、仙川に到着。そこから歩いて徒歩五分、温泉というかスーパー銭湯、いや、ぼくにとっては十分に温泉な「仙川湯けむりの里」を訪れた。
仙川の街並みはずいぶんと変わっていたが、仙川湯けむりの里は昔のままであった。
飲食スペースも、ロッカー室も、お風呂場の中も、変わってはいなかった。
湯気の中を、しっとりと感慨にふけりながら進み、身体を洗うシャワーの前に腰をかけて、鏡を見た。
曇り止めが施された鏡に、自分の肉体が映っていた。ふっと、おおきなため息をつくように、変わったなあと思った。
それは八年分の老いであった。
顔や肌は確実に老けたし、身体、特にお腹回りはあきらかに弛緩し、中年に向かって躊躇なく尽き出しはじめている。
髪の毛だって、あの頃は坊主だったのだ。
八年かあ、八年なんだよなあ、八年経ったんだよなあと、その時間にあった様々を、角度を変え、時間軸を変えながら思い起こし、また、これからどう生きていこうかと考えながら、小一時間、風呂場を巡った。
軽くビールを飲んで、成城学園前駅まで歩いた。この辺はよく覚えているからなと思って歩き出した。しかし、しっかりと道を間違え隣駅の狛江駅に辿り着くはめになってしまった。
人間は覚えていて忘れないことも多いが、それ以上にありとあらゆることを忘れていく生き物なのだと思う。
きっと、少なからず、いくら思い出しても、もう思い出せないことが無数にあるんだろう。そうして、覚えていることだけを適当な感覚でつなぎあわせて、ぼんやりと、我々は人生だと呼んでいる。
ただ、身体だけは、一秒たりとも忘れない。ぼくという人間には三十年の時が刻まれていて、これからも、この瞬間も、刻一刻と、それこそ、刻まれるというよりは切り刻まれていくばかりだろう。
30〜40分ほども夜道をさまよった身体は、十分すぎるほどに湯冷めしていた。しかし、なにか、はっきりとはしないが、これでよかったんだよなあと、すこしだけ熱っぽい、いや、とても熱とは呼べないような微熱が、また次の八年に向けて、あたためられているような気がした。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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