わめく彼を乗せて走り去ってゆく
最終更新: 2015/07/03
ワァワァワァワァワァワァワァワァワァワァ。
電車のドアが開くなり浴びせかけられたわめき声。下車しようとするぼくの正面、最前列の男が耳をふさいでわめいていた。
ぼくは一瞬うろたえたものの、すぐに、頭がおかしい人なんだと納得した。
ぼくが降りると、男は、わけのわからないわめきとは裏腹に、しっかりとした足取りで電車に乗り込み、優先席に身を投げるように座った。
男は間断なくわめき続けていた。
ぼくが改札に向かって歩き出してもなお、後方からはわめき声が聞こえてくる。ドアが閉まって、やや遠のく。
しかし、それでも、走り出しても、動物園のガラス越しの猛獣のうなり声のように、低く、しかしはっきりとした存在感をもって漏れ伝わってきていた。
ワァワァワァワァワァワァワァワァワァワァ。
電車が一両、一両、順々にぼくを追い抜いていく。そして男が乗り込んだ車両がぼくを追い抜いてゆこうとするとき、わめき声は大きく膨らんで、それからしぼむように小さくなって、遠く消えていった。
電車の残していった風が舞い上がって、すぐに散った。
さっきまでここに電車があって、男がいて、わめいていた。
しかし、今はもういない。でも確かにここにいたんだよなあと思うが、それはもう確かめるすべもない。
ぼくから加速度的に遠ざかる電車の中で、男はまだわめいているだろう。まわりの乗客は見てみぬふりをして、乗り合わせた災難をじっと押し黙ってやり過ごしていることだろう。
なにはともあれ、そのわめき声を、ぼくはもう聞くことができない。
もちろん聞きたいというわけではないが、もう二度と、聞くことができないということを思う。
思うと、みょうにしんみりとしてきて、すこし、ぞっとした。

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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