きみの名はハブステップ

  2015/07/03

うお、と声が出るほど懐かしいものを見てしまった。

朝の通勤時間帯、最寄駅に向かう道すがらであった。高校生らしい男子学生が自転車でぼくを追い越していった。自転車の後輪の中心のボルトに刺さっていた棒。

それはぼくの地元ではステップと呼ばれていた。二ケツ棒とも言うらしい。とにかくは二人乗りをするための棒である。もとい、正式名称はハブステップといい、建前では自転車が転倒したときの傷つきを防止するという目的で販売されている、よくわからない棒でもある。

中学生のころは、これを学ランのポケットに入れて後生大事に持ち歩いていたものだった。自転車に付けっぱなしでうっかりその辺に駐輪しようものなら、たいてい戻ったときにはステップは盗まれているからである。

矮小な地元の世界で、おそらくステップは通貨のごとく人の手から人の手に渡っていたのではないだろうか。

しかし、仮にステップを盗んでも、盗品のステップと知りつつ使っていたとしても、そのまま不良の部類にカテゴライズされるようなものではなかったと思う。

ビニール傘に近いような感覚だった。確かに盗みではあるのだが、罪の意識が極端に低い、もしくは認識すらされない。あったら普通に外して持って帰る、そして何度か二人乗りをして、またいつの間にか無くなっている。

それにしてもあのころ、どれだけ自転車で二人乗りがしたかったんだろうか。ただ、思うに、自転車の二人乗りはロマンでもあった。

彼女と二人乗りをする時なんか、「ステップあるよ?」とか言って、得意げにステップを付けてみせたりして。

彼女はほんの少しだけ喜んで、それからステップに立って、ぼくの肩を持つ。そして走り出す。速くなったり、遅くなったり、曲がったり、止まったりする。そのたび、ぼくの肩に彼女の小さな手が、か細い指が、強く、弱く、感じられる。ときどきは胸の感触もありありと背中にあって、たまらない気分を味わったりして。

ほんとう、なつかしい。いま、大人になって考えてみれば、どうでもいいわけのわからない棒ではあるが、しかし、忘れられない棒ではある。

きょうのしごと:5時半起き絵の制作1.5ゲームorz

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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