同棲という、他人との暮らし

最終更新: 2017/08/22

ない。

押入れのハンガーラックにない。その下のプラスチック製の収納ケースの中にもない。洗濯カゴの中にもない。洗濯機の中にもない。ベランダの物干しにもない。どこにもない。薄手で麻製の、夏場でも着られるお気に入りのベージュのジャケットがない。

他にもジャケットはあるにはあるが、しかし、今日の服装の組み合わせとしては、どうしてもあれが着たいのだ。

何度もあちこち必死になって探し回るが、どうにも見つからない。だんだんとイラついてくる。自分ひとりであれば、この部屋の中にあるすべては、ぼくが触らない限り箸一本動かないのだが、今は二人なので、ぼく以外の誰か、というか、つい最近同棲し始めた彼女が触る可能性がある。大いにある。

というか、あいつしかいない。あいつがどこかへやったんだ。勝手に整理したかなんかして、わけのわからんところに収めやがったに違いない。それ以外には考えられない。くそっ、そういうのをおせっかいと言うんだ。畜生、いまいましいクソ女め。

探し回った時間と労力以上に、ぼくは頭にきていた。ぼくはその憤りそのままに彼女にメールした。

『なんで洗ってもないジャケットが無くなるんだ!どこにやったんだ!イライラするわ』

仕事中なので、当然メールは返ってこない。返事を待っている時間はない。もう出かけなければならないのだ。

ぼくは例のジャケットを諦めて、完全に苛立ちながらズボンを脱いで、別の服の組み合わせにして家を出た。

というようなことが、二週間ほど前にあった。今、同棲して一月ほどが経ち、ようやくで慣れてきたというか、落ち着いてはきたが、他人と暮らすというのはかくも難しい、と思う。

同じようなことが、ドライヤーでもあった。いつもぼくが置いていた場所にないのだ。その時も、やっぱり頭にきて、怒った。

当たり前だが、後になってよくよく考えるとくだらないにもほどがある。その心の狭さときたら猫の額、いやもっと、それ以下で、もしかするとぼくの心は限りなく無に近い点のようなものかもしれない。

まあ、思い返せば一人暮らし歴14年にもなるので、その生活の仕方に順応しすぎているのかもしれない。一方、二人暮らしにはまったく慣れていない、という。

生まれ育った家族ならばともかく、血はもちろん、育ちも何もかもが違う人間、そう、他人と暮らすということは、必定、衝突の連続なのであろう。

おまけに、ぼくは性格が悪い。非常に悪い。何かあると、だいたい他人のせいにしてしまう。

たとえば、まだ同棲していない頃、彼女と電話していたときのことだ。彼女の声の後ろから、なにやら音楽が聞こえる。はっきりとは聞き取れないが、とにかくはがちゃがちゃと鬱陶しい感じである。ついでにケンカもしていたので、ぼくは怒気のこもった声で言った。

「うるせえから、その音楽切れよ」

「え? 音楽?」

「そう、後ろでなんか鳴ってんだろ。うるせえんだよ」

「は? 音楽なんかかけてないよ」

「は? かかってるだろ」

ぼくは何言ってやがるんだこの女は、絶対なんか音楽かけてんだろと思いながら、iPhoneを耳から離し、画面を確認した。エロ動画が再生されていた。

つまり、ぼくはエロ動画を見ており、ちょうどその時に電話がかかってきて、そのまま電話に出てしまったのである。最近のスマートフォンは高性能であり、いわゆるマルチタスクなど当然であるので、通話とエロ動画の再生が同時に行われていたのであった。まだ導入部であったので、猥褻な声や音ではなく、音楽が流れていたのである。

ぼくは慌ててエロ動画の再生を止め、「そんなら別にいいわ!」とかなんとか適当に取り繕って、ケンカの続きをしたのであった。

他人と生活をしてみて、しみじみと思う。幼少の時分から自己中自己中と言われてきたし、自分でも、はいはい筋金入りのエゴイストですよ、他人のことなんてどうでもいいんで知りません、自分さえ良ければそれでいいんですというようなことを公言してはきたが、いやはや、冗談抜きで、笑えないレベルのとんでもない自分本位の自己中心的クソ野朗だったんだなあ、おれは、ハ、ハ、ハ、という感じである。

反省する気も改善する気もさらさらないが、しかし、同棲にしろ結婚にしろ、”他人と”仲良く暮らしている人々って、偉いんだなあ、なんて思う。思うだけで、うらやましくも見習いたくもなんともないが。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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