居酒屋という異次元(前編)

最終更新: 2020/06/26

しばらく、と言ってもたかだか一週間ほどだが、しおらしく自宅で晩酌をしていた。が、どうして、またしても居酒屋に対する情熱が再燃してしまった。

それで、帰り道には今夜はどの居酒屋で一杯やってやろうかと物色しながら歩いている。一時は自転車ライフを謳歌していたのだが、一月ほど前に自転車が壊れてしまい(自転車自体の必要性に疑問があり、修理に出す気にも新しいのを買う気にもなれない)、最寄り駅からはもっぱら徒歩になってしまったのである。

しかし、ここで言う最寄り駅とは名ばかりである。本当の最寄り駅の南武線谷保駅からであれば徒歩4分なのだが、せせこましい節約及び健康のため、帰り道だけは中央線国立駅から谷保の自宅まで、ぼくの足で徒歩25分ほどの道のりをとぼとぼ歩いて帰っているのである。

さて、この日は、ランニングの道すがらに見つけ、以前から気になっていた『旬家(しゅんや)』という居酒屋を訪れた。

まず、この居酒屋、どの駅(国立駅及び谷保駅)からも徒歩10分以上はかかる微妙な場所にある。そしていわゆる下駄ばきマンションの一階、というか半地下の1階である。

一般的な階段の半分くらいの長さの階段を降りていき、ガラス扉の、無数の人々(大半は中年男性またはそれ以上に相違ない)の手垢が染み込んでいるだろう、汚……いや、味のある木製の取手を押す。ドアに取りつけられている鈴が鳴り、来店を知らせる。

入った瞬間、ぼくはそこはかとない心地よさを感じた。それはほとんど直感である。店員、料理、内装云々の事物を把握するよりも前に、そこにある空気を全身で感じ取るのである。なんて大仰なようではあるが、実際、最近ではいよいよ居酒屋通として堂が入ってきたぼくは、入店3秒でその店の良し悪しがわかる、いや、悟るようになったのである。

余談だが、昨日立ち寄った居酒屋はその逆であった。入って3秒でこの店はだめだと感じ、事実その通りであった。飲んだくれのぼくが、なんと焼き鳥2本とビールの小だけで店を後にしたのである。お会計はわずか600円であった。

きっと、居合わせたくそじじいどもは、後で「なんでぇ!最近の若者は酒を飲まないねぇ!」などと言っているだろうが、馬鹿野郎。おまえはおれがどんだけ飲むかって言ったらあんた……まあいいや。

店内はカウンターが8席ほどと、座敷のテーブル席が2つあった。そこにやや大きめの音量でド演歌が流れている。カウンターの奥には、熱帯魚っぽい魚が泳いでいる水槽が3つほど設置してあり、一人客の暇つぶし、または目のやり場、もしくは陳腐な癒しを提供していた。

陳腐なんてけなすような書き方をしたが、しかし、その陳腐さがよいのである。たとえば巨大な水槽があり巨大な熱帯魚の代名詞のようなアロワナがゆうゆうと泳いでいたらどうだろうか。おいおい、ここは何屋だという感じであるし、アロワナ鑑賞及び飼育費のために料金が上乗せされているのではなかろうかと、メニューの430円とか580円とかの端数が気になってしょうがないではないか。

ゆえに、あくまでも陳腐でなければならない。1、2匹死んでいても2、3日は気が付かないくらいのちっこい小魚が泳いでいるくらいが丁度よく、落ち着くのである。

たとえばアロワナが突然死んでプカプカ浮かんでいた日には、日本人の心性を考えれば、ちょっと喪に服す必要性すら感じかねないではないか。楽しく飲みにきて、なぜに自粛の憂き目にあわなければならないのか。

下手をすれば生ビールを注文したのに死に水が出てきかねない。しかし小魚ならば「おやじ、この魚死んでるよ」「ああ、ほんとだな。すくっておかなきゃな」程度で済むのである。

つづく。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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