思い込んでこじつけて、だけど実際そうなって

  2017/08/22

少しまえに定期券を更新した。3か月分を買った。別に狙ったわけでもないのに、期限が丁度2月13日まで、つまりぼくが会社を辞める日であった。

最近、会社の近くで日中ずうっと建物の解体かなにか、土木作業が行われている。窓を閉め切っていても腹の底に響くような騒音がやかましい。

今日、たまたまその工事現場の横を通り抜けた。着工期間が書いてあった。終了日は2月14日とあった。ぼくが引っ越す日であった。

たまたまといえばそれまでだし、意識している言葉や数字を人は無意識のうちに探し、そして勝手に関連づけるという。よく言われる話。

話は変わるが、街にはイルミネーションが点灯し始めた。もうじきクリスマスであり、大晦日であり年越しである。お正月だって、もうすぐである。そう思うと遠い目になる。

さらに話は変わるが、いま、パパラギという本を読んでいる。クラスのOさんという人がパパラギという名前の店の前を一緒に通った時に、昔、高校の時の倫理か社会だかの先生にパパラギという本を使ってずっと授業をされた、という話を聞いて、買ってみたのである。内容は、いわゆる未開の土人の酋長が、欧米先進諸国に行き、見たこと感じたこと、率直な感想を述べているという内容である。100万部以上のベストセラーになったそうで、谷川俊太郎や遠藤周作など、そうそうたる面々が推薦文を寄せている。

くわしい内容は後日の読了本の記録に譲るが、我々の生活の滑稽さ、ばかばかしさ、息苦しさが恐ろしいほどの純粋さと率直さで語られている。たとえば「彼らは日がな一日カヌーのような形をした獣の皮をなめした固い靴を履いて足を締め付けて過ごす。だから今では木登りもできず、足の指は何の役にも立たなくなってしまっている。そして夕刻にもなれば死んでしまった足が悪臭を放ち始めるのだ」といったような具合である。

我々は、思い込んでいる。先進国であり文明国であると、文化的で人間的な生活を送っているのだと、"完全に思い込んでいてほんのわずかも疑わない"。だからこそ、この酋長の皮肉でも批判でもない、子供が障碍者に向かって「あの人手がないよ」というような、思わずドキッとする率直な感想は、いきおい問いとなって突き刺さる。つまり、「それは真に人間的か?それは幸福か?」という、容易には反駁できない矢のような問いである。

ベストセラーになったくらいであるから、おそらくはほとんどの人は、素直に衝撃を受け、この本を読むことで自らの生活とこの世界を振り返ったであろう。しかしその反面、もう決して、腰巻ひとつで裸同然、何ひとつ持たず、あるのは掘っ立て小屋ひとつというような生活には戻れないことを、悲しみと喜びの入り混じった複雑な感情で思ったであろう。

西洋文明に失望し、楽園を求めてタヒチに渡ったポール・ゴーギャンは「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」という題名の絵を描いているが、我々がパパラギを読んで感じるのは、まさにこれである。永遠に問われ続け、しかし、いつもその場しのぎの答えしか出し得ない、進化とも退化とも知れず漂流する人類への尽きない問いである。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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