邪道の王道をゆく

  2017/08/22

金曜日と言えば酒である。酒と言えば揚げ物である。というわけで串カツ屋を訪れた。その名も「浪速の串カツ かっちゃん」である。

もちろんここは浪速ではない。西日本ではあっても関西ではない。決してない。西の彼方の広島である。それでも「浪速の串カツ かっちゃん」である。

なにはともあれ入店した。そして着席。立ち飲み屋ではないので、椅子があるのだ。テーブル席はないけどカウンターがあって椅子があるのだ。さあ座ろうという流れになるのが人の情というものである。というわけで座る。

カウンターの向こうでは、50がらみのおっさんとおばちゃんが忙しげに立ち回っている。おそらくは夫婦であろう。旦那は串カツなど調理担当、妻は料理運びや注文取りのいわゆるホール担当のようである。旦那がしいたけだとかピーマンだとか言って渡すと、妻が客のもとへ運ぶ。旦那は後ろめたそうでもないし妻も反抗的ではなさそうなので、夫婦仲はおおむね良好のようである。

おばちゃんからおしぼりを受け取って、注文いいですかと言いかけると、「身体はひとつしかない!」と一喝される。これが浪速の流儀かと怖気づいたが、いやいやこちとら仁義ないけえのうとあごひげを撫で撫で愛想笑いで取り繕ってしばし待機した。その後、丁重に瓶ビールを注文させていただいた。

ビールをかたむけながら、串カツをおまかせで10本、注文した。好き嫌いはないかと聞かれたので、ありませんと答えた。

アスパラ、玉ねぎ、エビ、イカなどが出てくる。味はうまいッ!というほどでも、まずいッ!というほどでもない。つまり普通、まあまあである。

7本目かぐらいで、豚バラが出てきた。食べていると、カラシが欲しくなった。トンカツのノリ、というかトンカツが串に刺さっているだけだと言っても過言ではない。故にカラシが必要である。

「すいません、カラシください」

「なんに使うの?」

「いや、この豚バラにつけたいんですけど」

「カラシなんかつけたらいけん。それは邪道ですよ。ソースだけで食べてください」

「あ、はあ」

「はじめてのお客さんに、そんな邪道のものは食べさせられません。ソースだけで味わってください。まあ、10回くらい来たら、カラシ出してもええけどね」

「あ、は、はァ……」

なんだか腑に落ちないし、やはりカラシがつけたかった。とりあえず長居する気にはなれなかったので、おまかせ10本でお会計とした。

お釣りを渡しながら、おばちゃんはもう一度言った。「10回くらい来たら、カラシ出してあげるけえね」ぼくもぼくで、「あ、はあ」と繰り返した。

店のドアをあけて外に出た。おばちゃんも見送りに出てきた。

おばちゃんは言った。「10回くらい来たら、カラシ出してあげるけえね」それから「おおきに〜」。

広島の街に、それは明らかな違和感を持って響いた。「おおきに〜、おおきに〜、おおきに〜……」それはこだまのように小さく、大きく、澄みながら、淀みながら、そうしてぼくの胸中でいっそう複雑に反響した。「なんでやねん〜、なんでやねん〜、なんでやねん〜」。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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