わたしの原田宗典
2015/07/03
きのう付け加えようかと思った話題だが、あまりにも関係ないので今日にした。
さて、昨日のニュース。小説家の原田宗典容疑者逮捕。大麻だか覚せい剤だかを所持していたとのこと。
とても好きだっただけに、ちょっと残念。間の抜けた顔、なよなよした雰囲気、どこまでもやさしい文章、そして180㎝くらいの無駄な高身長。そういうわけで、自分に似てるなあと勝手に親近感を抱いていた。
この逮捕劇は、のちに彼の文体で”笑える”エッセイになるだろうか。いやいや、本人が笑えないのに人を笑わせられるはずもないだろう。
それでも、いままでの彼のエッセイは軒並みすばらしいし、「優しくって少しバカ」の中の一文は、今でもよく覚えている。
と言いつつ、調べてみたらその箇所がまるまる落ちていたので以下引用。
ぼくは、キース・ジャレットと大江健三郎を護符みたいにかかえて彼女のこの部屋を初めて訪れたんだ。どきどきしながら。
扉をノックして、ややあってから扉が細く開き、当時から大家の眼を気にしてた彼女はぼくをそそくさと中へ招き入れ、それから挨拶の前にぼくらは意味もなく微笑みあった。
ちきしょう。あの頃の彼女ときたら、ほんともう足をじたばたさせて腕をぶんぶん振り回したくなるくらい可愛くってさ。
ぼくは正直いきなり抱きつきたい自分を抑えるのに必死だった。
それは春の日の夕方で、ぼくらはベッドに横座りになり、はじめは饒舌に、しかし段々言葉少なになっていった。
そしてまるきり唐突に、ぼくは彼女を抱いた。それはとても稚拙な愛し方だったと思う。申し訳ないほどに。
抵抗もしない彼女を、ぼくは荒々しく組み敷き服をはぎ取り両脚を抱え上げたその時、素裸のはずの彼女の足首になにかがあって、ぼくの肩口に軽く触れた。
見ると、それは銀のアンクレットだった。ぼくは動きを止め――どうしてこんなもんしてるの? と愚問としか言いようのないことを訊いた。
その時の彼女の答えをぼくは今でもはっきりと覚えている。
彼女はこう言ったんだ。――目印よ。これしとけば、どっちが右足か、すぐ分かるでしょ。
そうなんだ。ぼくはその一言にすっかりまいっちゃったんだよ。
その答えは、その時の僕にとって文句なしに最高だった。
引用終わり。
ここで妙に感動して泣いたんだけどな。あんまり気に入ったので、声に出して読んでみたりもして。
ぼくの中では、これほど美しい文章もそうそう無いだろうと思っている。
何がどうなろうと、何をしようと、誰もかれも、ただ単に、生まれて、生きて、死ぬだけだが、そのにんげんの人生の行方は神のみぞ知る、ということか。合掌。いや、死んでないけど、社会的に死んじゃった。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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