ぼくは、暇で暇でしかたがないので不幸である

  2015/07/03

「いままでの人生に点数をつけるとしたら、何点ですか」

ぼくは聞いた。彼女は答えた。「85点」

ぼくは驚きつつ笑って「高いですねそれは!」

「子供も二人生んだし、それでもう十分よ。悔いと言えば、結婚して高校を辞めたことかしらね」彼女はいかにも本心の言葉だという感じでこたえた。

「そういうもんですか。 でも、85点だったら幸せじゃないですか。ぼくもそうなりたいですよ」

「あのね、もうね、幸せとか考えてないから。幸せかどうかなんて考えてるのは、暇だからですよ」彼女はぜんぜん嫌味な感じではなく、ごく自然に、自己の経験に裏打ちされているのだろう価値観を口にした。

「なるほどねえ」ぼくはしばし考え込んだ。「えーっと、つまりそれは、小人閑居して不善を為すというやつですね」

彼女はうれしそうに、そうそうそうそうと笑った。かつて高校の国語教師をしていた彼女は、もちろん国語に詳しいので、ぼくのそういう衒学的態度もさもありなん、普通の日常会話として応じることができるのであった。

まあそれは今日、職場であった話で、そんなことはどうでもいいのだが、どうもぼくは暇らしい。小人、すなわちつまらない人間は、暇をもてあますとろくなことを考えないというわけだ。

そう、大学の時などはまさにその通りで、暇で暇で暇で仕方がなかった。むしろ暇、時間しか無かった。だから自殺未遂なんてこともしたりして、だけどたまたま死ななかったので、今もこうして生きているわけで、だからあの日からのぼくの人生は、あとはずっとロスタイムで、おまけのようなものだと思っている。

でも、あれから10年以上が経ってしまったので、また今生に、人生というものに執着し始めていて、幸せになりたいと欲望している。現在の自分は不幸せだ、なんていう、贅沢なことをさえ思うようになっている。

毎日、生活している。つまり、料理をしている。洗濯をしている。掃除をしている。そして、フルタイムで仕事もしている。おまけに絵も描いている。これで、どこが暇だというのだろうか。

いや、まあ、たぶん、それでも暇なのだと思う。すごく、暇なのだと思う。暇で暇で、しかたが無いのだと思う。

たぶん、暇というものは、1週間連休だけど予定がないから暇とかいう絶対的な感覚ではなく、ふつうに労働したふつうの平日で自宅に戻ってから寝るまでの時間が1時間しかなかったとしても、暇といえば暇なのだと思う。

ぼくは、暇で暇でしかたがない。小人のうえに小心者なので、不善は言うに及ばず、ひとり静かに泣きたいと思う。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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