偏執的恋愛相談

  2017/08/22

これはある日のぼくのベッドサイド。酔っぱらって帰ってきて、朝起きたら黒かりんとう(半分くらい食べかけ)がころがっていた。

酔うと日常の抑制から解放されるとはよく言うが、解放したら黒かりんとう。

おれ、ほんとうのおれは黒かりんとうが食べたかったんだ。カロリー高いもんな。でも、おいしいよね。

今回は珍しすぎるお題。恋愛です。というのも、これまた珍しくぼくみたいな唯我独尊人間に恋愛相談的なメールがきまして、それは言ってみれば「木に縁りて魚を求む」というようなことわざに等しい行為な気もするのだが、しかしこれ幸いと勝手にブログのネタにしようと、そういう不遜なことを思ったわけです。

といっても、プライバシー等々に配慮して、個別的な内容ではなく一般論で展開したいと思います。あくまでもぼくの一般論。

で、相談内容としては、前の彼氏のことが忘れられず、次の恋愛に積極的になれないと、まあざっくりこういうことです。

まあ、よくあるといえばよくある悩みで、しかし本人にとっては重大事に違いなく、って、そもそも恋愛なんてものはいつだって当事者だけが深刻なものである。

で、ぼくの回答としては、「単に圧倒的に素敵な人に出会えてないだけ。圧倒的に素敵な人が現れるまで待つべし」と思う。

もうね、理屈じゃないんです。美しい、面白い、やさしい、お金持ち、頭がよい、などなど、いろいろありますが、とにかくはそんなよくあるモノサシが絶妙にからみあっていて、圧倒的に素晴らしかったら、昔の人など過去の恋愛など、驚くべきパワーとスピードで消去されるものなのです。

とか言うと、でも、でも、いまちょっといい感じの人も、面白いし、けっこうかっこいいし、やさしいし、一流企業に勤めてるし、なんて反駁が容易に予想されるが、そんなことを言ってる時点でその人はあなたにとってたいして素晴らしい人ではない。

素晴らしい、とはただその一語で絶対的であって、たくさんのプラスの要素をかき集めたからといって"素晴らしい"にはならないのである。

それはまた、やけくそになってたくさんの適当な人と遊んじゃう、というような若者にありがちな行動にも言える。たくさんのまあまあの人を10人集めようが100人集めようが、1人の素晴らしい人には決して及ばないのである、し、またはその素晴らしい人が不在であるという心のスキマを、言ってみれば多数の雑魚で埋めることなど、絶対にできるものではない。

芸術ではよく、細部に神が宿る、というが、しかし全体なくして細部はない。まず全体としてぐわっと素晴らしくなければ細部に神などはそもそもそのかけらすらも居ないだろう。

まあとにかくは、圧倒的に素晴らしい人はきっといるのだが(あくまでもあなたにとって)、それがいつ、どのような形で出会うかはわからないのが、悩ましいところではある。

最近思うのは、人そのものよりも、むしろその誰かと出会うタイミングだろうと思う。

たとえばさっきケーキバイキングに行ってきたところに、クレープをプレゼントされてもげんなりするばかりだろう。

一方的なうんちくを垂れたが、理屈ではない盲目的な恋愛というものは、忘れた頃にやってくる。

それまではその心にうずく苦いも酸いも、人生の糧として、楽しい嬉しい幸せーで生きてきた人では持ち得ない自分の深みとして、それさえも噛みしめ楽しむが吉、なんて、ひとのことにはベラベラなんだって達観したようなことを言えてしまうのだが、こと自分のことになると意中の人からメールひとつかえってこないだけで食事も喉を通らない、恋愛なんてそんなものである。

まったく、恋愛というのは「2人ーしかー知らーないー♪」と、ばかっぽい浜崎あゆみでさえ知っており、エイリアンのような目を細め、感極めて唄うとおりなのである。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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