ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

横浜美術館で松井冬子展を見た。

  2017/08/22

画像は@横浜美術館でのわたし。
初めての横浜美術館。まったく出不精で、どこにも行かないんだけど、珍しく外出してみた。
で、松井冬子展「世界中の子と友達になれる」についてですが……死ぬほどよかった。
ひさしぶりにゾクゾクした。脳みその奥が熱くなる感じ。
別に宗教的な画題でもないのに、妙な崇高さが漂っていた。とても近づけないような、張り詰めた画面。下手をすれば単なるグロテスク趣味にもなりかねない内容なのだが、技術とセンスがそんな低俗な世界とは確実に一線を画していた。
崇高とかって感情は、たぶん、今までぼくは言葉の上だけのものだと思ってた。強い画面とか、緊張感のある画面とか、そういうのって、単なる言葉遊びでしかないような気がしていた。なんとなく、そういう風に表現しておけ収まりがつくだろう、というような。
だけど、こんなにはっきりと具体的に、崇高さだとか強さだとか緊張感だかを感じてしまっては、そういう表現は確かに存在するのだと思った。
ああ、いいものはいいんだなと、深く納得した。圧倒的に巣晴らしければ、余計なことをごちゃごちゃ言わなくとも、確かにそれは分かるんだと思う。
で、その後、というか本当は松井冬子展の前に見たんだけど、常設展もむちゃくちゃよかった。
なんといってもフランシス・ベーコンの作品があった。どうなってんだ、横浜美術館いい作品持ちすぎだろという感じ。どこから金もってきてんだろ。
ほかにも、そういえば初めて見るような気がするマックス・エルンストのでデカルコマニーを使った作品や、岸田劉生の初見の作品もあった。岸田劉生は相変わらず気持ち悪いほど、いや、ほどというか完全にきもち悪いねっとりとした描写だった。なんかこの人ホモなんじゃないのかなというくらい、対象を犯してしまっているかのような雰囲気があった。
とにかくは本当に行ってよかった。やっぱいいな、アートって。頭がぐらぐらしました。
ぐらぐらしたまま横浜中華街に行って、酔っ払って手相とか見てもらって、僕は結婚できすますかと聞いたら、大丈夫だけど、結婚は32歳あたりだと言われた。それを逃したら晩婚になるだろうとも。というかそもそもあなたは女性をころころ替え過ぎだから!と、占い師のおばちゃんに言われた。いや、すいませんと、そのおばちゃんと恋愛したわけでもないのに謝っておいた。だって、生まれつき結婚線が妙にたくさんあるんだもの。しょうがないじゃないか。いや、そういう問題じゃないね。ごめんなさい。

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