吉野家の新業態「吉呑み」体験記

  2020/08/19

珍しくそのまんまのタイトルをつけた気がする。というか、久しぶりのブログである。

さて、昨夜は巷で話題沸騰中の「吉呑み」に出かけた。"話題沸騰"なんていう世俗の流行に対する隷属ありきの言葉を思わず使ってしまうほど、自分の中ではホットな話題なのである。

それはともかく、まだ「吉呑み」をご存じない方のために、説明を吉野家公式ホームページより以下転載。

吉野家では、新しい「ちょい飲み」の場をお客様にご提供するため、都心部の店舗を中心に「吉呑み」を展開しております。
「吉呑み」では、オリジナルのおつまみやアルコール類を、お手ごろ価格で数多く取り揃えております。もちろん、牛丼など、吉野家でご提供しているメニューを「吉呑み」でお召し上がりいただくことも可能です。
会社帰りやグループ、カップルでの「ちょい飲み」の際には、ぜひ「吉呑み」にお立ち寄りください。

転載元URL【http://www.yoshinoya.com/yoshinomi.html】

公式ホームページのくせに、いまいちわかりにくいので補足説明をば。要は牛丼の価格競争の泥沼化で儲けが頭打ちなので、なんとかせんといかんということで吉野家が既存店舗を使って始めた居酒屋である。17:00〜22:30の夜間だけの営業で、また、飲酒を目的としない客と区分けするため、2階フロアがある店舗のみで試験的に営業中らしい。が、すでに現時点で予想以上の売り上げでウハウハだそうである。

これは吉野家の牛丼でいろんな意味でメシを食わせてもらっている私としては是が非でも行かねばならぬところである。とか言いながら、知ってからすでに1ヶ月以上経過しているのだが。

閑話休題。

吉野家神田駅前店に入店。普通に牛丼などをせかせかと食っている客たちの脇を通り抜けて二階に上がる。時間は19時を回ったばかりであるが、店内は満員御礼であった。いかに現在の日本国庶民が貧しくなっているかが痛感される、嘆かわしい光景である。

私も貯金ゼロの低所得の貧民であるので、堂々と同胞としてカウンターにお邪魔させていただく。

「イラシャマセェ」

中国人の男性店員が笑顔でお出迎えである。それにしても近年、安いチェーン店の店員は中国人ばかりである。本来そこで働くはずだった日本の方々はいったいどこへ行ってしまったのだろうかと思ったりするが、まあ、どこかに行って何かしているのだろう。もしくは単に人口減少でちょうどいい感じなのか、どうか、よくわからん。

なにはともあれ、まずはビールである。店員を呼んで生をくださいと言う。今度は大学生あたりとおぼしき中国人女性である。日本人男性が中国人女性に「生で」なんて言うと、なにやらお下劣なやり取りのようにも感じられるが、しかし、そのような見方はまったくの偏見であり忌むべき人種差別であり許しがたいことである。

と、生ビール(400円)が瞬時に到着する。早くて安くて旨いう吉野家のお家芸が遺憾なく発揮されていて、誠に結構である。ぐいと煽ると、ジョッキよし、冷たさよし、濃さもよしと、品質管理も即合格である。

一息つくと、周囲の喧騒に気がつく。普通の吉野家ではありえない騒がしさである。そう、吉野家の基本はチャチャッと食べてさっさと出ていく店であり、ゆったり構えて友人との会話を楽しみながらゆっくり食事を味わい楽しむような店ではないのだ。

平均滞在時間15分といわれる吉野屋において、店員の声がかき消されるほどの騒々しさは、かなりの違和感である。当たり前と言えば当たり前だが、人々が普通の吉野家でほとんど口を開かないのは、"場"によるのではなく、そういう"場面"ではないからなのだった。TPOでいうところの、placeではなく、occasionによって、人は口をつぐんだり、開いたりしているのだ。

なんていう考察をしつつ、次につまみを頼む。牛すじ煮込み(350円) と、いか軟骨のから揚げ(350円)を。

これまたなかなかのスピードで到着する。牛すじ煮込みはメニューにおすすめと書いてあるだけあって、確かにおいしい。しっかり煮込まれた大根入りで、吉野家に据え置いてある紅しょうがと一緒に食べると、これはもう絶品である。しかも紅しょうがはタダで食べ放題というのもテンションがあがる。普通の居酒屋では、たとえ紅しょうがであろうと立派なおつまみであり有料の一択となることだろう。

そのテンションのままに生ビールを飲み干しホッピーセット(400円)に繋げる。ついでにたっぷり野菜(160円) とやらを頼む。あまりの安さにこれまたテンションがあがる。もはやアゲアゲ状態である。

たっぷり野菜は、普通の吉野家での生野菜サラダ(100円)を適当に3つくらい皿にあけたような豪快なサラダであった。今まで何度も生野菜サラダ(100円)を食べたことがあるだけに、おお、あのサラダがこの量で160円とは――本来、生野菜サラダ(100円)×3=300円のところが!――なんて、意味のわからない感激すらこみ上げてくる。

この時点ですでに相当な満足感であったが、ここで牛丼を食べないわけにはいかないだろう。ということで、牛皿(250円)を追加する。

当たり前だが、いつもの吉野家の牛丼、の上に乗っている具、それが牛皿である。しかし、居酒屋のメニューとして食べると、すばらしく安くて旨い究極のおつまみとさえ思われるのであった。

これは、アートにおいて、作品がしがない賃貸の6畳一間に置かれる場合と、権威ある美術館に置かれる場合とでは、まったく価値が異なってくることと非常によく似ている。

ある作品が、賃貸6畳一間では1万円でも高く感じられ、美術館では1億でも妥当だと感じられてしまう。場による価値の驚くべき変化である。作品が先か、美術館が先かという気さえしてくる。誰かがこれを、美術館という権威システムとかなんとかと呼んでいた気がするが、デュシャンの便器も、一般家庭のトイレにあってはなんの意味もないのである。

なんて、むりやりに吉野家をアートの文脈に接続してやったが、とにかく、吉呑みは想像以上の楽しさであった。あまり混むと困るのでおすすめしたくはないが、毎日でも通いたい、私にとってのユートピア発見といっても過言ではない夜であった。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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