笹山直規という作家

  2020/02/05

先日大阪に行った目的は、笹山直規その人の個展を見るため、という名目であった。

彼は1981年生まれらしいので、おそらく同い年であろう。初めて知ったのは3年くらい前にあった、群馬青年ビエンナーレの作家たち「酸化したリアリティー」という展覧会のチラシによってであった。その作品画像を一目見て、ぼくにしては珍しく、激しく興味を覚えた。

それからほどなく、彼の個展が東京のフランティックギャラリーという画廊で開かれるというので、これまた珍しく、珍しく! ひとり、会社帰りに足を運んだ。超出不精のぼくとしては奇跡に近いことである。

想像以上によかったと言いたいところだが、想像以上でも以下でもなく、想像通りであった。つまり、よかった。少なくともぼくにとっては、足を運ぶ価値があった。

たまたま話しかけられた、そのギャラリーの女性スタッフの一人が、樋口と知り合いだった。しかも同じ九州産業大学出身だということだった。そんなこんなで、ギャラリーの表でなんとはない福岡に関する話をしていた。そこへ途中、現れたのが笹山さんだった。

ぼくは自己紹介をし、名刺を渡した。個人の名刺ではなく、アートユニットとしての、ARTDISFORの名刺だったと思う。

そのとき、ぼくは作品云々以前のことをたずねた。「あんな大きなパネルに、どうやったらあんなにきれいに水張りができるんですか。」

彼はガンタッカを使えばふつうにきれいに張れると答えた。ぼくは水張りと言えば水張りテープを使うものだとばかり思っていたし、しかも紙にガンタッカを打ち込むという発想がまったく無かったので、なるほどと、目からうろこの思いであった。

その後、ぼくは素直にその教えにしたがって、ガンタッカを使って水張りをしてみた。すると、驚くほど簡単に、しかも美しく仕上がった。

それからというもの、ぼくの使うメインの支持体は、キャンバスから、紙になった。

とはいえ、いまのところ、それで売れたとかデビューしたとか云々の話にはちっともなっていないので、だからなんなんだという気もするが、しかし、確かにあの一言がなかったら、ぼくは紙を使いこなせずに、またキャンバスに戻っていたかもしれないな、とは思う。

閑話休題。

さて、ここからは笹山直規個展について。下記は今回の展覧会、「THE TRAVEL」のステートメントである。

本展は、ある架空の旅行会社で働くバスガイドさんが主人公です。彼女の心の中に潜在的にある、夢と現実の狭間で揺り動く死の欲動、つまり「願望」のセカイを描いた展覧会です。

そもそもの始まりは、2009年に描いた「都市観光」という水彩画でした。これは、東京が大災害に見舞われて、唯一生還できた観光バスのガイドさんが、己の務め(街を紹介しながら、目的地へ案内する)を失い、途方に暮れるという内容でした。3.11以後、そのような私の妄想はさらに加速します。大きな余震や台風など自然災害の猛威に怯えながらも、心の奥底で何かを「期待」してしまう、私達たち日本人の心を有り様に注目しました。つまり、私が提唱する「日本人全員マゾヒスト説」です。

本展覧会は、バスガイドさんが、あらゆる状況で精神的、肉体的に痛めつけられ、苦しむ己自身を妄想するという内容になっています。この背景には、戦後日本人が背負わされた辛い宿命があります。第二次世界大戦で、日本はアメリカから2度も原子爆弾を落されました。人間はある限界を超えた肉体的、精神的な苦痛を体験すると、再びその経験や状況を再現(再演)しようとする衝動が起こります。これを『反復脅迫の原理』と言います。50年の歴史を持つゴジラ映画は、まさに戦後日本人のマゾヒズム的な「願望」を象徴していると考えられます。

こういう発想自体が私の妄想でしかないのかもしれませんが、「マゾヒズム」というテーマに関する研究は、今後とも継続していこうと思っています。美術業界は女性が多いので、女性が痛めつけられるような作風を続けているとアーティストとして出世できないという意見があります。2003年に自腹で美術の世界にデビューして以来、鳴かず飛ばずで10年間活動して参りましたが、今後とも、一層のご指導とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

笹山直規  2013年11月3日

日本人の作家には、ステートメントがくだらない奴が多いと、ぼくは常々思っている。ほとんどの人のステートメントは、素人の私小説のような域で終わっている。

たとえば、「わたしは子供のころに見た空の色が忘れられません。だから青を使います」とか。「わたしはガラスに興味を持ちます。きっかけは、お土産にガラスの小瓶をもらったからでした」とか、「わたしの部屋は、ピンクで統一されています。それは、わたしを元気にする色がピンクだからです」とか、とか、とか。適当に書いたが、ほんとうに、冗談抜きでこういうくっだらないステートメントが多いのだ。

え、そんなステートメントだったら発表する意味なくない? この社会の中でどういう立ち位置を取るか、またはどういう立ち位置にいるか、自分や他人が生きている現在、この社会のリアルとの関係性の中でしか、現代アートって成立しないんじゃないの? と思ってしまう。

そんな中で、彼のステートメントは実にうまいと思える。もちろん導入部分だけを見れば、単なる個人的妄想、風変わりな趣向に過ぎないかとも思わされるが、心理学を引用し、戦後、震災という社会状況、歴史的背景とのからめ方は、無理なく首肯できる。

で、肝心の作品について。当初より死をテーマにしているだけあって、血が出たり内臓が飛び出ていたり、相変わらずグロいことはグロいが、それは単なるグロさでは終わっていないと思う。一部の作品には単なるグロさで終わっていると感じられるものもあるが、大半は、グロさよりも美しさが先に立つ。

力がある作家だなあ、プロだよなあと思う。今回、ぼくは彼の「LAST MEAL」というシリーズの作品を一点購入したのだが、家で眺めてみて、あらためて感じた。ああ、藝術のアウラとはこういうものかと、あるいは生まれて初めて理解したような気さえする。

画面に、何かがみなぎっているのだ。って、なんだかこんなふうに書きつらねると、ひどく媚びているような気がしてきて自分でも気持ちが悪いのだが、素直にそう思うのだから仕方がない。

しかし、それは彼の水彩作品に限るのであって、油彩の作品にはどうも見るべきところがないように思う。もちろん彼自身、水彩がメインの作家だと言っているのだが、確かに、水彩の方が百倍はすばらしい。きっと、作家にはそれぞれ、その人に合うマテリアル、その人に合う描き方というものがあるのだと思う。

とはいえぼくは美術史家でも美術評論家でもないし、つまるところ単なる好みでしか語っていないのだが、それにしても良い絵を描く人だと思う。蛇足だが、ご本人も良い人である。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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