アメリカの価値観

最終更新: 2019/07/27

月曜日の朝、自転車がパンクしていた。

どうして土曜でも日曜でもなく月曜にパンクしてくれるのか。時間もないのでそのままガタガタ言わせながら会社に向かった。タイヤの空気がないだけでペダルが普段の三倍は重い。存在感のない人を「空気みたいな人」と言うが、人間、空気なしでは生きていけないものだ。

汗だくで会社にたどり着くと、仕事どころではなく自転車屋を探した。最寄りのそれは自転車で30分程で、アメリカの広大さを思い知る。この地で自転車はあくまでも「エクササイズ」であって、決して交通手段ではない。

ちなみに私は社内で唯一自動車を持っておらず、ひとり自転車通勤を貫いている。たぶんカリフォルニアでただ一人の自転車通勤者だろうと思う。

前に、スーパーの警備員がこれはおまえの自転車かと話しかけてきて、そうだと答えると噴き出されたことがある。自転車しか持っていないとつけ加えると、転げ回らんばかりに笑われたのは故のないことではない。北海道の比ではなくだだっ広いアメリカで、東洋のサルみたいなのが自転車に乗ってちょこまか動いているのはほとんどサーカスみたいなものなのだろう。

仕事を終えて、再びガタガタ言わせながら修理に向かう。まったくスピードが出ない。しかしその自転車屋は7時までの営業で、あと1時間もない。電話すると6時45分までにくれば直してやるという。遅れれば同情もクソもなく本当に直してくれないなのが外国だ。死ぬ気でこぐしかない。

カリフォルニアの夏の日は長い。6時台では日が沈む気配もない。まもなく汗が滝になる。行き交う車がうらめしい。実際、この辺で自転車なんかに乗っている間抜けは私くらいのもので、歩いている人さえ滅多にいない。ここは車社会の総本山なのだ。

必死でこいだ甲斐あって、なんとか間に合った。Flat Tire(パンク)だと言って修理を頼むと、慣れた手つきで自転車をかかえ、専用の台座にのせてタイヤを外した。日本ではパンクごときでタイヤを外すことはまずないので、これがアメリカ流かと変に感心する。

タイヤの中のゴムチューブを取り出して、空気を入れる。ぐるっと調べて、ほら、ここに穴が開いていると見せてくれる。つまようじの先ほどの小さな穴で、何かとがったものを踏んだのだろうと言う。と、おもむろにゴミ箱に放り投げた。

私は驚いて聞いた。日本ではそこにパッチを張って、穴をふさいで引き続き使う。チューブ交換になると追加料金がかかるのではないか。しかしこれが普通で、通常のパンク修理代$16の中に含まれているという。

まだ使えるのにもったいないと思いながらも、これがアメリカのやり方かと感じ入る。とはいえ改めて考えてみれば、穴をふさぐなんて「ちまちま」したことをやるほうがどうかしているのかもしれない。

あるいは、単に使い捨てるもの・使い捨てないものが違うだけなのではないか。最近カリフォルニア州では飲食店でのストローの提供が禁止されたが、日本では今も使われている。一方、日本で飲み物などをこぼした時にはふきんや雑巾を使うことが多いが、アメリカでは間違いなくキッチンペーパーの大量消費となる。

そう考えると、普遍的な価値観として語られがちな「地球にやさしい」、つまり「エコロジー」という観念も怪しくなってくる。何がエコで、何がエコではないかというのは案外に単純な話ではない。

たとえば米を研ぐときに一粒でもこぼすとなんとなく気がとがめてしまうのが日本人の性だが、どうして小麦粉であれば平気で洗い流せてしまう。そういう理解不能な価値観がそれぞれの国の人にあることを考えると、グローバルスタンダードなど共同幻想と同義ではないかとも思えてくる。

そもそも人間の価値観なんてわけのわからないもので、そのいちいちを「良い」とか「悪い」とか決めつけるのもまた同じ人間だからいっそうタチが悪い。それでこの世界は絶対の基準としての神を必要とするのかもしれない。だからこそ神が死んで久しい現代、世界はいよいよ混沌としてきているのではないか。

ものの10分ほどで修理は済んで、また遠い家路についた。日本では挨拶のように使われる「普通」という価値観を、妙になつかしく思い出す。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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