20歳のおれから31歳のおまえへ

  2015/07/03

なんて言ったらいいか、とりあえずおまえには心底がっかりしてる。

もっとこう、なにかなかったのかよ。何者にもなっていないじゃないか。

べつに実力じゃなくて棚ボタ的な運でもいいから、なにか、せめてもうちょっと、なにか、無かったのかよ。

まあ、そんなことをいくら言っても始まらない。それが現実っていうやつなのかもしれない。いまのおれは現実ってやつを知らないから。というか学校は適当だし、アルバイトすらもしてないから。だからって、おまえが現実を知っているとも思えない。というか、知っているようには見えない。全然、見えない。

でもかろうじての救いは、変に大人ぶっていないところ。世間は厳しいだとか、夢はかなわないから夢なんだとか、くだらない通念と諦めに帰着していないところ。

まあ、それほどの馬鹿なのだとも言えるが。しかしそういう馬鹿なら、おれはけっこう好きだから、許せる。すこしだけ。

現実、現実、現実、か。

しつこいけど、もうちょっと、もうちょっとなにか、華々しくとまでは言わないが華っぽいなにかがあるような人生を送ってると思ってたんだけど、ああもう、残念でならない。ていうか、おまえほんと馬鹿だよな。

名誉の有無はともかく、ふつうの人が、まず誰だってできるようなことすらできていない。そう、結婚とか、子供だとか。

まだ結婚はしたくない、子供も欲しくないってのなら、わかる。大いにわかる。それは選択の自由だ。

だけど、したいと思っていて、そうしたいと強く思っているにも関わらず、できていない。

呆れて笑っちゃうほどくだらねえよ。したいならすればいいだろう。簡単なことだ。そんなこと、五分で終了する話だ。適当な女と一緒に、結婚届けに名前書いて判ついて、友達か誰か二人分の署名をもらえばいいだけのことだ。その紙切れをお近くの区役所市役所に持って行けば、それでもれなく、めでたく入籍だ。晴れておまえは妻帯者。おまえは夫で、彼女は妻だ。いやはや、なんてわかりやすく単純な話だろう。

とはいえ、わかるよ。そんな話を聞けば、わかるよ。でも、どうにかならなかったのかよ? まあ、おまえがどうにもならなかったって言うんなら、そうなんだろう。徹底的に行動できないようなおまえじゃないからな。それは、そうだな、あまりにも仕方ない話だ。おれは、う…ん、いまのおれだったら、どうするだろう。やっぱり、同じことになって、同じように行動しちゃうんだろう。そしてやっぱり、数年ののち満身創痍になって、ずたぼろになって、どこか遠いところへ逃げてゆく……。いや、いまのおれだったら薬だろうな。うん、薬だ。薬と言っても合法的なやつだが、薬だろうな。味噌汁の椀にPTP包装の薬をプチプチ開けてってさ、山盛りにして、ウォッカと一緒にごぶごぶ飲むんだ。で、ああ死ぬとか、死にそうとか、というかまじで死ぬって、そんな夜を過ごすんだ。

まあ死なないんだけど。大事なのは行為と、死ぬんだという思い込みだ。しかし、いまのおれよりも堕落したから、人間が腐ったからそうなったわけじゃないとは思う。勘違いかもしれないけれど、そんな気がする。それに、確かに、人間の完成度としては、いまのおれよりも出来上がってきてるよ。同時に腹がつき出てきているのは残念至極だが、人間としては、うん、良くなってる。

ただ、なにはともあれ、結婚について。そうなるんだろうな。神様を呪っちゃうでしょ? そうそう、人間てのは困ったときの神頼みだから。宗教の本質はそれなんだよ、って、そんなこと知ってるに決まってるか。おれなんだから。

しかし、いろいろ通り越して、笑っちゃうよ。笑っちゃうしかないね。

人間ってのは、人間の性質ってのは、こうも変わらないものかね。極端な話、そんなに変わらないのなら、生きる意味が、歳を重ねる意味が、あるのかね。

もう少し頭がよかったらな。努力だけは半端ないけど、素の頭はそんなによくないからな、実際。たまに頭がいいと言われることはあっても、それは実際の頭のよさじゃない。泥臭い努力を、頭の良さと勘違いされているだけの話。確かに、努力の先には何か実りらしきものがあるだろうけれど、それは本当に先の先の話。つまり今は種だ。たとえば桃の種を見て、誰もそれを桃そのものだとは思わないし、食べたいなんて思う人はいないだろう。だけど人間の場合は種の時も実の時も見た目は同じだから、しばしば、間違われる。そう、おまえはあまり頭がよくない。馬鹿な努力家で、強烈なナルシシストで自信満々なだけだ。

まあでも、未来ってのはそんなもんなのかもな。なんて、一般論を語るのはくだらないし悲しいな。結果論でしかないけど、いまさら因果を云々してもしょうがないけど、おまえの話を聞く限り、そもそも表参道で個展なんかしなけりゃよかったんだよ。普段行きもしないクラブにDMを撒きになんか行かなけりゃよかったんだよ。って、遡りすぎか。

とりあえず、読んだから知ってるだろ。遠藤周作の言葉。時間の力をもっと信じてもいい、ってやつ。そう、時間はすべてを薄め、溶かしてゆく。いずれすべて忘れられる。癒えない傷はない。時間だけは、絶対に裏切らない。時間だけは、無条件に信じられる。

って、悲しみと憤りと悔悟の渦中にそんな言葉はなんだかひどく薄情だが、事実、薄情でしかないが、というかもっと、非情にしか響かないだろうけれど、空論じゃない。本当だと思うよ。時間がすべてを解決してくれる。

まあ、元気出せよ。なんてったって、おまえは一度死んだ人間じゃないか。死のうと本気で試みて死ななかったあの夜から、あとはずっと、ずうっと、本当はまるっきり無かったはずの時間じゃないか。

それこそ、この11年ばかりは丸儲けというものだろう。

しかし、11年後のおまえを見ちゃうと、なんだかやる気というか生きる気が失せるな。

なんか、落ち込んできたよ、おれの方が。励ましたりしてみたけど、今度は、なんだかおまえがうらやましくなってきたよ。不透明な未来があることが、うらやましい。

未来のことなんか、知っちゃだめだな。うん、知らないほうがいいよ。

好き勝手に、未来は明るいだとか暗いだとか適当に色つけて、結局は混ざって無彩色になりながら、真っ黒になってがむしゃらに生きていけばそれでいいんじゃないの。

10年後、いや5年後、もっと、1年後にでも、まだおまえが傷心のただ中に居たとしたら、ちょっと褒めてやるよ。おまえ、性格変わったなって。

そういうわけで、おまえは絶対に忘れる。すぐに忘れて、しっかり笑ってる。そういうもんなんだって、人生は。というかおまえは、な。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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