2014年5月23日金曜日の、ぼくの朝

最終更新: 2015/07/03

5時半。朝ごはんを食べている。料理学校以来、よく噛むように心がけているので、やたらと時間がかかる。さらに最近、よく噛むことにより、摂取したカロリーのその後の消費量まで変わってくるという記事を目にしたので、輪をかけてよく噛むようになった。つまり、食べるのに時間がかかってしょうがない。

すでに日は昇っているが、左手にある窓の外が明るさを増してゆく。窓を開けてみる。肌寒い澄んだ空気が流れ込んでくる。いや、肌寒いのは、ぼくがトランクスにTシャツ姿だからである。何か羽織ろうかとも思ったが、まあいいやと、そのままで食べ続ける。

窓から見える最も近い風物は電線だが、それでも妙に気に入って、窓を正面に望む位置に椅子を動かした。食事を続けた。

そこから、山が見えるわけでも川が見えるわけでも、あるいは海が見えるわけでもない。立派な木や麗しい花もない。つまり、何かしら一般的な”見るべきもの”は、何一つ無い。見えるのは、3階建てくらいの低層アパートや民家くらいのものである。

しかし、それでも、その景色はぼくにとって実によかった。美しかったと言えばよさそうなものだが、美しくはなかった。ただ、よかった。

気分や体調、今ここには居ないけれどもぼくと繋がりのある個々人との関係性、朝ごはんの内容、その他もろもろをすべてひっくるめた、その瞬間においてのぼくにとって、その景色はよかった。とても、よかったのだ。

食後にはコーヒーをいれた。やはり窓外を眺めながら飲んだ。お茶菓子として、樋口の結婚式でもらった引き出物の中にあったバウムクーヘンを食べた。

2、300メートルほど離れた正面の道路に人影が現れた。こっちに向かってまっすぐに歩いてくる。ぼくの座る位置にレールが敷かれているかのように、あまりにもぴたりと正面だった。メガネをかけていないので、向こうもこちらを見ているのかどうかはわからないが、ぼくは凝視し続けた。

T字路に差し掛かって、人影はぼくから見て右手に折れた。そしてほどなく、視界から消えた。

コーヒーを飲み終わり、バウムクーヘンを食べ終わる。バウムクーヘンの食べカスが、トランクスの、股間の脇に落ちている。

それを見ると、急に悲しくなって、焦りにも似た胸苦しさが込み上げてきて、今すぐ、何かしなければならないような、どこかへ行かなければならないような、そういう、どうしようもない気持ちになった。でも、決して悪くはなかった。

人生には、何がどうというわけではないが狂おしいほどに愛おしい瞬間というものがある。あるったらある。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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