一度目にしかない喜び

  2017/08/22

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小さい石鹸もあるよ、と愛想の薄いオヤジが僕に言う。
三十円。僕はじゃあそれでと石鹸を買って脱衣所に入った。
リフレッシュ、または流行りのデトックス。そんな単語をイメージしつつ求めつつ、銭湯にやってきた。
今の場所に住んで一年以上経つが、初めてその銭湯に行く気になった。ぼくの言う気が向いたらはたいてい限りなく嘘に近いのだが、今日は奇跡的に“気が向いた”のだった。
ただのひとつも効能効果の謳われていないしょぼくれた銭湯。脱衣所には灰皿が適当に配置されており、常連らしきオッサンがくわえタバコで入ってきたりする。前時代的とでもいおうか、しかしなぜだか目くじらを立てる気にはならない。
また本来ならば富士山のペンキ画などが描かれているスペースには、なぜだかスイスあたりの牧歌的風景のモザイク画。よくわからないけど無駄にのどかな湖に、アヒルだか白鳥だかが3、4羽、ふよふよ浮かばされている。
そんなとこだからだろうか、入浴者は僕を含めて4、5人ばかり。活気はない。元気もない。ついでにきっとお金もない、と思われる。
アッ、シャンプーもない!
畜生、しみったれた銭湯だなこのやろう、と、ぼくはひとりリラックスデトックスどころではなくなってくる。しかしふと目の前にミニサイズの“サクセス”のシャンプーを発見する。
きっと誰かのには違いなかった。しかし気づかないふりをしてぼくなりにこっそり開けて髪を洗う(その後、湯船に2、3分浸かって戻ってくるとサクセスは消えていた。きっとぼくの犯行は目撃されていたと思われる)
性格的にカラスの行水なのですぐにあがる。原爆を受けたかのような体重計で一応体重をはかる。特に変わりなし。
ビールを飲もうかポカリスエットを飲もうかで迷い、デトックスを意識してポカリにする。
そのポカリの自販機の斜め上に“唄える焼鳥屋、椿”なんて古ぼけた広告がかけられていて、なんだかやけに行ってみたいと思った。
銭湯のマジックだろうか。生ビールと、冷や奴と枝豆と、そういうのを食べながら、静かにしゃべって、微笑んだりしたい、とか思った。
しかしそんなのは理想のイメージに過ぎず、そこから居酒屋に行ったとしたらきっと唐揚げとかとんぺい焼きとか、こう、がっつり油ドロドロ、生ビールでは収まらず焼酎に進み、ボトルを一本二本と重ねてしまうんだろう。
静かな会話とか言いつつ隣の客から眉をしかめられるような会話を始めたりして、微笑みは一瞬で馬鹿笑いの渦に消える。
それが悪いってわけじゃないけど、ぼくには理想が多すぎる、ような。別にいいけど。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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