にんげんの持ち時間

最終更新: 2019/12/11

昨夜、母からメールがあった。

”向原のお母さんが入院しました。転けて骨折したのがきっかけに貧血になり輸血と心不全で心機能低下で症状が悪いため、いつ急変するか分からない状況です。又何かあれば連絡します。”

ぼくは、「そうかー」と思った。「そうか」でも「そうかあ」でもなく「そうかー」である。つまり、昭和天皇ではないが「あっそう」に限りなく近い「そうかー」である。

わざわざ昭和天皇を引き合いに出すこともないのだが、私の名前は明治天皇の諱である「睦仁」と同じなので、皇室には勝手に親近感を抱いているのである。ちなみにあちらは「むつひと」で、私は「ともに」である。

それはさておき、「あっそう≒そうかー」と思ったのは、至極当然のことだと思うからだ。その祖母は、よくは覚えていないが90歳は超えているはずである。そう考えると、新宿を出た電車がいつかは立川に到着するように、その”いつか”がやってきただけであろう。いや、まだ到着してはいないけれども。

にんげんにはそれぞれに与えられた持ち時間というものがある。どこまでも不透明であいまいな持ち時間を、わけもわからずただ生かされ、そしてまたわけもわからず去ってゆく。

そのようなにんげんの一生というものを考えるとき、吉田松陰の次の言葉を思い出す。

『人間、十歳で生涯を終わる者にはその十歳の中におのずから四季があり、二十歳にはおのずから二十歳の四季が、三十歳にはおのずから三十歳の四季があり、五十歳、百歳にしてもそれなりの四季がある。』

ご興味がある向きは、以下リンクより全文をご覧いただきたい。
http://www.rekishi.info/library/syoin/scrn2.cgi?n=1068

そんなわけで、90歳にもなれば何か納得のできる理屈をこねくり回すまでもなく、馬鹿でも「天寿」と納得できるに違いない。

とはいえ、どうにもならないことを嘆き悲しみ、沈思黙考してしまうのもまた、人間の抗いがたいサガである。

母は、祖母が死んだら泣くだろう。それを見て、ぼくもすこしばかり泣くだろう。

それから、何かが劇的に変わるわけでもないが、ぼんやりと、自分の番も近づいていることを感じる。もっと、母の死も近づいていることを感じる。

親というものは、多分に風よけである。親が生きているうちは、その子は、正面きって死と対峙することを避けられるのである。

それは、とても尊い「順番」というものである。子の前には、父が、母が、死なねばならないのだ。もちろん、人生には往々にして番狂わせがあるものだが、どうにか何事もなく平穏無事に時間が流れれば、子の死の前には必ず親の死が存在する。

親の死は、即、死の暴風にめちゃくちゃに吹きつけられることを意味する。そう、次はいよいよ自分の番である。数年前に母の父親は死んで、そうして半分ばかり風よけが吹き飛んでいたが、次に母親が死ねば、風よけはすっかり無くなってしまう。もう、死は目の前である。そのとき、母の恐怖はいかほどであろう。

これといってかける言葉も見当たらないが、人類が始まって以来、たったひとつの例外もなくみんな死んでるから大丈夫、心配ない。

みんな死ぬ。これほど心強い言葉はないだろうと思っている。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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