おでんの喜び

  2016/04/08

おでんを作った。

理由はいろいろある。冬になったから、明日は家で飲み会があるから、そもそもおでんが好きだから。

早速脱線するが、何をするにしてもたった一つだけの理由でする行為なんてものはまずない。たとえば私がこのブログを書いている理由にしても、文章作成のトレーニングがしたいから、文章を書くのが好きだから、自分のすばらしさを知らしめたいから、自己表現がしたいから、歴史に残りたいから、ファンがほしいから、モテたいから、等々だいたい邪念ではあるが、複合的な理由があるのである。

そういうわけで、いろいろな理由でもっておでんを作った。だけど、このおでんに邪念はそんなにないし、味はまずまずなので安心してほしい。

おでんは、昨夜作った。味見と称して少し食べた。実にうまかった。今朝は起きてすぐに冷えたおでんを温めた。食べるためではない。煮込むためである。何かで聞いたが、カレーにしろ煮物にしろ、味がしみるのは熱い状態から冷えてゆく時であるらしい。だから、たとえば鍋ごとを氷水で無理やりに冷やしたとしても同様の効果があり、それでいわゆる”一晩寝かせたカレー”なんかになるそうである。

そういえば、恋愛も同じかもしれない。味が出るのは、アツアツカップル(死語)から冷えてゆく時、もっと言えばそこに至る過程で起こる様々な危機によってであろう。しかし、冷えたからといって簡単には温められないのが恋愛のむずかしさである。むしろ冷えたらだいたいそこで終わりである。いかに冷まさないか、もしくはいかに適温を保つかが重要になってくるのである。正直、何を言っているのか自分でもよくわからない。

閑話休題。

おでんが温まってくる。ぐつぐつと沸騰してくる。また少しばかり出てきているアクを取る。二日目のおでんというだけで、そそられるものがある。出汁の香りが匂い立つ。出汁は日本の心だというが、確かにたまらないものがある。食べたい。からしをべったりと塗りつけて、はふはふ言わせて食べてやりたい。

だけどもう、あと15分ばかりで家を出なければならない。忌々しい仕事に行かなければならないのだ。出汁の香りはますます強く香り、私の食欲というか、本能そのものを刺激する。うまいだろうなあと思う。食べたら絶対うまいだろうなあと思う。アクを取る。食べない。アクを取るだけだ。

口内によだれが滲む。アクを取る。ちょっとだけ食べようかと思う。でも食べない。アクを取るだけだ。今夜、今夜帰ったら、このおでんで一杯やるんだ。それまでの我慢だ。いや、一杯ではなく”いっぱい”やるのだ。存分に呑んだくれるのだ。おでん、おでん、おでん。あつあつのおでん。からしとおでん。おでんとからしと私。おでん以上の食べ物は、ちょっと他には考えられない。

そして断腸の思いで家を出たのは10時間ほど前だったろうか。神かけてただの一口も食べてはいない。味見だってしていない。純粋に、堅実に、アクを取っただけだ。そのおでんは、今頃どうしているだろう。

今、私は日比谷線の中でおでんのことを考えている。あと3駅で我が家である。家でおでんが待っている。心が弾む。胸が膨らむ。むろん、おでんは人ではない。恋人でもないし妻でもない。だけどおでんが待っている。あつあつのおでんが待っている。

家に帰ろう。おでんを食べよう。そうだ、からしが残り少ない。からしを買って家に帰ろう。おでんにからしは欠かせない。それで家に帰っておでんを食べよう。酒を呑もう。からしをつけよう。おでんを食べよう。楽しくやろう。家でおでんが待っている。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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