うるさい夜
2016/04/08
六本木ヒルズの29階にある、某大手動画配信会社のパーティに行った。
しかし、なんのパーティかはよくわからない。行く前も行った後も、やっぱりよくわからない。誕生日パーティや結婚パーティならわかるが、そのパーティは本当にパーティとしかいいようがないパーティだった。
ひとつ言えるのは、バブル的な雰囲気で、狂乱という言葉が似合いだったことである。女性の服装がほとんどドレスみたいであり、香水がおおむねきつめだったと言えば想像がつくのではなかろうか。
そのパーティの参加者は、招待されたVIPと、一般公募で当選した人で構成されていた。ちなみにVIPとは“very important person”の頭文字を取ったものだそうである。今日初めて知った。それにしても公募はすごい倍率だったらしい。私は会社の上司のお供ということでお相伴にあずかりVIPとしてであった。それで、自分がちょっと偉くなったような気がしてしまった。こんなところに呼ばれるような会社で働いている私はすごいんだなあ、なんて。
笑止、大馬鹿野郎である。勘違いも甚だしい。自分の俗物さ、矮小さを恥じるべきであろう。会社は会社であって、てめえはてめえである。会社の価値イコール自分の価値だと思う人間ほど愚かしいものはない。しかしそれは男ならば誰しもが隠し持っている暗黒の恥部でもある。実際、リタイア後にまで町内会なんかで自己紹介する際に「〇○銀行で部長をしておりました〇〇です」などという名乗り方をする人は少なくないという。せめて還暦を過ぎて生まれ変わったのであれば、ただの人間であることを素直に認められるくらいにはならなければ輪廻もおぼつかないだろう。
閑話休題。
ビュッフェ形式で、いかにもおしゃれな軽食が並んでいた。生ハムがはさまったクロワッサンみたいなやつがいろいろあったと言えばおわかりいただけるかと思う。ビールもワインも酎ハイもあって、すべてタダだった。私はビールをもらった。タダだった。小皿を受け取って、正体不明の肉団子だとか、骨つきの鳥のから揚げ、そして生ハムのはさまったパンだとかをよそった。タダだった。
片手にビール、片手に小皿。ビールを持っている右手の余った指でフォークをつかんで左手に持っている小皿の食べ物を口に運び右手のビールをフォークを握りしめたまま口に運ぶ。それを繰り返す。忙しいし難しい。いい加減、ビュッフェ形式なんていう雰囲気だけの呼び方はやめたほうがいい。ただの立ち食いであり立ち飲みである。素直にそう表現するべきだ。
言葉には現実を変える力がある。たとえば「お母さん」と言えばお母さんになるのだし、「お袋」と言えばお袋になるのだし、「ババア」と言えばやはりババアになるのだ。ビュッフェなんて言葉を使うから「本日はビュッフェ形式となっておりますので、どうぞ存分にお楽しみください」などと言ってしまうのだ。「本日は立ち食い立ち飲みですので、おくつろぎいただけず心苦しい限りではございますが、少しでもお楽しみいただければ幸いです」とするのが本当である。おいビュッフェ、人間の2本の手と10本の指を酷使するんじゃないよと、私は言いたい。
そうして難儀しながら食ったり飲んだりしていると、トークイベントとやらが始まった。スピーカーからの音が無闇にでかくて耳が痛い。一種の芸能人、あるいはそれ以上の、動画をアップして何百万回という再生回数を叩き出しているらしい”動画再生名人”の方々が登場した。本当は”動画再生させ名人”とすべきであろうが、今回は語感を重視し”させ”は省略させていただいた。その各名人が、リレー形式でどうやって名人になったかを語ってゆく。各々千差万別の”名人芸”でもって世に出たものらしいことはわかったが、しかしそれぞれに妙な空虚さを感じてしまったのは私のうがった性格のせいだろうか。目の前にいるにも関わらず実体がないような、吹けば飛ぶような、幽霊のような、あるいは動画再生名人という単なる記号のような。
それが終わると、今夜のパーティの目玉らしい”電気的早口二人組”の女の子が登場した。会場はにわかに熱気を帯びる。歓声が上がる。そして耳をつんざく高音、腹に響く重低音、いずれにしても爆音がとどろき始める。昼間はOLをやっているらしいその二人組を、私は、初めはうるさいだけだと思いながら棒立ちで眺めていた。しかし、そもそもが自宅では”電気的音楽”ばかりを聞いて身体を揺らしている私である(一人の時に限る)。その二人の音楽を嫌いなはずはなかった。むしろ好きだった。もっと、思いがけず”しびれて”しまい、鳥肌さえ立ってしまった。
加速度的に盛り上がっていった。とてもオフィスビルのワンフロアとは思えなかった。窓ガラスが割れそうな爆音、床が抜けんばかりに飛び跳ねる人々。普段オフィスにいる人間が正気だとしたら、その時いた人間のそれは狂気で狂人だった。私は缶ビール片手に直立不動で、”電気的早口二人組”の一挙手一投足を見つめていた。周囲の人々は、皆てんでばらばらに素っ頓狂な声を出し、奇矯な動作を繰り返していた。”電気的早口二人組”のかたわれが「みんな飛んでェー」なんて叫ぶと、さらにそれは激しくなった。しかし私は背筋を伸ばし、缶ビールをぎゅっとつかみ、微動だにしなかった。それはほとんど一本の棒であった。
帰りに、それを見ていた上司にノリが悪いと言われた。おれでもやったのにと言われた。私はすいません、ああいうの苦手なんですと謝っておいた。家に帰るが早いか、”電気的早口二人組”を検索した。すぐにアルバムが見つかって、再生ボタンを押した。遅ればせながらではあるが、そこから私の夜が揺れ始めたのは言うまでもない。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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