ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

美術家になれないあなたは悪くない

  2019/03/21

最近、SNSで美術大学の是非についての意見が飛び交っている。美大に行く費用を作品制作に回すべきだとか、美大に行くよりも美術家のアシスタントをする方が役立つとか、なんとか、かんとか。

別に美術家でもなんでもない私が物申す必要もないのだが、やはり書いておかねばといういう気になったので書く。

ちなみに私のいう美術家の定義は、あくまでも美術で「メシが食えているか否か」である。よって私は単なるサラリーマンである。

まず、この件について私が感じるのは、某作家の発言にあった、この議論自体が「疲れるなぁ」というのが一番近い。

なぜなら現代日本の美術家でメシが食えている人などまずいないにも関わらず――つまり美術家でもなんでもない人間が――、美術家指南をしているからである。

それはいっそ素人が素人を教えるようなもので、飲み屋でおっさんがゴルフや釣りの持論を展開するのと大差ない。昔からおっさんの話は疲れるものだと相場は決まっている。

そもそも美大を卒業しようがしまいが、四年かそこらで美術家としてメシが食えるほど脚光を浴びるようなことはまずない。少なくともあなたにはない。そういう人はこんな駄文を読まない。

だからあなたは、とにもかくにも生活しなければならない。「生活」とはいくばくかの金を稼ぎ続けることである。

古今東西、生活はいつも我々の頭を痛めてきた。ことに美術家になろうとするような人間には地獄の責め苦にも等しい。二年、三年、どうにかこうにか生活しているうちに、初心を忘れ、野心は薄れ、いつかの夢は文字通り夢となる。

社会が悪いわけではない。あなたが悪いわけでもない。誰も悪くない。そもそも何かになろうとすることとは、そういうものなのだ。

美術家という職業が極めて特殊であるために、何かになろうとすることの難しさが際立って感じられるに過ぎない。ただ競争率が高いだけならばプロ野球選手や国会議員だって同じことだが、それらの職業のなり方で悩む人はいない。

たぶん、どうやれば美術家になれるかというのは、美術家云々以前の話なのだと思う。このくそ面白くもない日々を淡々と生活し続け、なお美術家になるという希望を失わないこと、そしてなにより努力し続けること。

それでもいまだ美術家になりたくてなれないあなたは悪くない。なにせ恐ろしく難しいことなのだ。しかもこれはあくまでも最低限のスタートラインであって、しがないサラリーマンの私には、そのゴールなんかはちょっと想像がつかないから教えてほしい。

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