ほぼエッセイ、ときどき現代の美術とアート。

天皇と虹の話

 

今月22日、新天皇の即位を宣言する儀式である「即位礼正殿の儀」があった。

その際、大雨だったのがにわかに晴れ上がるという一幕があった。さらには虹までかかったのものだから、人々はそれを日本古来の神話に重ね、「吉祥に違いない」とか「災害続きの日本もこれで安泰」などと言い合った。

しかしまた別の人々は、そんなものは偶然で非科学的、もっと「平安時代の話ですか?」と嗤った。

同日夜に行われた「饗宴の儀」という会食では、ふるまわれた高級ワインに難癖をつける人もあった。いくら国費を使う気だ、それは我々の税金で、無駄だと言うのであった。

この虹とワインの話は地続きに思える。この世の一切を金銭でしか測れない、いっそ病である。

たとえばプラネタリウムは金を払って楽しめるのに、日々浮かぶ星空には見向きもしない。タダのものに価値が見い出せないのだ。あるいは人工的に晴れさせて、虹でもかけていくらか払わせれば喜ぶに違いない。

高級ワインにケチをつけるのはその逆で、金にしか目がいかないのである。あの天皇陛下のことだ、メルシャンの安ワインでも喜んでくださろう。にも関わらず、高い安いでしか物事を見ることができない。

この世には二種類の貧しさがある。金で治る貧しさと、金では治らない貧しさである。どちらがより憐れかと言えば後者で、それこそ治す薬はどこにも売ってない。

金に魂を売るとはそういうことだ。森羅万象すべてに値札がついた世界では、いくら金があっても足りるものではない。死の間際まで金にこだわって、ついに空気の価値さえ忘れて息絶えるのである。

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