釣り合いのなんたるか

  2017/08/22

知人が突如ダイエットを始めた。目標はマイナス15キロらしい、と言っても別段太っているわけではない。最近交際し始めた素晴らしい女性に見合う男になるためだという。酒もやめ、節制に努めるとのことである。

その是非についてはさておき、見合うという感覚、釣り合いをとりたいと願う心理には、ちょっと懐かしさを覚える。

私は高校生だった。その時の彼女はひとつ年上で、服飾系の専門学校への進学を考えていた。そのせいだろう、彼女はとてもおしゃれだった。少なくとも当時の私にはそう見えたし、そのセンスは未成熟な私の憧憬をあおるに十分であった。

ある冬の日、彼女は真っ赤なコートを着て現れた。それはいつにも増して私に鮮烈な印象を与えた。それからほどなく、彼女の着ていたのとよく似たコートを見つけた。私は迷わずそれを買った。それだけでもう、ファッションに留まらず、私という人間自体が一段上に、彼女と付き合うにふさわしい人間になれたような気がした。

嬉々として次のデートに着ていったのは言うまでもない。果たしてといういうべきか、それ以降、彼女との関係は冷え込んでいった。いま思えば、私の行為は何よりもまず、確たる自己のない幼さをこそ主張しても、決して私の望むような印象は与えなかったのだろうと思う。

馬鹿じゃねえのと、今なら一笑に付す。だけどそのころの私は、寄る辺ない自己を抱えてゆらゆらと漂っていた。自尊心や自信は十二分にあったものの、それは塵芥のように吹けば飛ぶ危うさがあった。そこでファッションをはじめとするルックスは、私にとってしがみつく丸太のようなものではなかったろうか。

しかし、たとえ大人になったとしても、人は何かにしがみついていなければ生きてはゆかれないのだと、私は思う。それは地位であったり、お金であったり、あるいは愛する人であったりする。

そのようなところに、釣り合いを取ろうとする心理が生じる。あえて換言すれば、「らしさ」への欲求である。「社長らしさ」、「父親らしさ」などと言われるそれである。

「らしさ」は人をして安心させる。たとえば、父親らしく振る舞えば家庭は安定するだろうし、社長らしさを発揮すれば会社も首尾よく運ぶだろう。逆に言えば、「らしくない」ということは周囲をして不安にさせる。それは「らしさ」の主体である本人にしても同様である。

そう考えると、件の彼は不安なのだろうと察せられる。その素晴らしい女性の恋人「らしくない」から、どうにか「らしくなろう」と考えた。それがなぜだかダイエットだった、と。

とまれ、その脈絡ない発想自体いかにも彼「らしい」から、結果何キロ減ろうが増えようが、彼が彼でさえあれば何ら問題ないだろうと、遠巻きに眺めている。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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