話すことがない
今日はいろいろ考えてはみたが、話すことがない。話すことがないなら話さなければいいだけのことなのだが、そういうわけにはいかないのがこのアートプロジェクトである。無意味だとも思うが、しかし、無意味を何百回、何千回と重ねると、案外、異様に強い意味を持つようになるのではないか、と思っている。
ちなみにこのような状態は定期的にあるものらしく、昨年の10月にも「話すことがない」という同じタイトルで何やらしゃべっている。
人間、そういうものらしい。
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