エロ本は、茂みにありて拾うもの、そして悲しく濡れるもの 【前編】

最終更新: 2020/08/19

人生にはさまざまなつらいことがございます。

特に、人の親ともなればつらいもの、ましてや男の子を持てばなお、つらいものがございます。

なぜかと申しますとその未来に、必ずや、避けては通れぬ三つの道から、苦渋の決断を迫られる日が訪れるからでございます。

わたくしは高校二年生でした。モテませんでした。よくない感じのネクラだったので、ちっともモテませんでした。休日も9割9分9厘は家におりました。自室に引きこもり、黒夢、GLAY、SOPHIA等、いわゆるビジュアル系ミュージックを聞き込み、また、ひとり電気屋で買ってきたMyマイクロフォンで、防音装置などない自室をまさにカラオケのようにして熱唱しておりましたので、隣人および家人、ことに姉には大変なご迷惑とご心配、そしてご心痛をおかけしたものと存じます。この場を借りて謹んでお詫び申し上げます。

ただ、そのころ、原付のバイクを持つ機会に恵まれました。それはカブなのですが、若者向けのラインナップのベージュ色のリトルカブでした。これについては、原動機付自転車の免許試験を一発で合格すればバイクを買ってやるというような約束が父親との間で交わされまして、それで、わたくしの努力の甲斐あって買ってもらったのでございます。いえ、もちろん承知しております。あのような試験、たとえ歯や脳みそが溶けかかっていても受かるような試験でございます。ええ、ただただ甘い親、いえ、お釈迦様のように優しい親でございました。

そのように甘やかされて育ったものですから、わたくしには若干の放蕩癖がございました。憂う頭も無いのに憂いながら、それっぽく、さすらうのでございます。

最初の放蕩は、確か中学一年のころでありました。家出をしたのです。家出先は、自宅から3分の、母校である小学校の遊具、アスレチックの上でした。何をするでもなく、ただただ空を見上げておりました。季節は温暖な時分でしたが、お金も何も持ち合わせておりませんでした。そのうち日が沈み、星が浮かび始めます。これといった理由もなく、もう二度と家には帰りたくないと思っていたのです。黒い空に白い点々が広がり、またたき、そして滲み始めましたころ——これはわたくしの涙ですが——家人になんなく発見していただき連れ戻された次第でございます。しかし、怒られませんでした。笑われました。

つるんで悪さをするような友達はおりませんでした。そもそも友達はほとんどおりませんでした。

そのようなわたくしも高校生になって、少しばかり視野が広がったのでしょうか、かつてのアスレチックは山になりました。隠語でもなんでもなく、純粋に、山です。

ときどき、腹痛を装っては学校を休み、母がパートに出かけたころを見計らって、我がリトルカブに乗って出かけたものです。

行き先はたいてい、自宅から30分程度の距離にある、極楽寺という山でした。山道を走ると、頂上に近づくに連れ空気は清涼になり、心地よいつむじ風となって、わたくしのニキビ面をひやかしては後方へと流れて参ります。萌ゆる緑、青い空、赤く膿んだニキビ面。我が青春ここにありといった風情でございます。

極楽寺は山と言いましても、わたくしはほとんど頂上まで登ったことはありません。極楽寺の脇にはバイパスが走っておりまして、そのバイパスの脇、ガード下あたりに行き、リトルカブを停めるのでございます。

平日の昼間ですので、辺りは静まり返っております。4車線ほどのバイパスからは間断なく車の流れる音が低く高く響いては参りますが、それは母胎で聞く砂嵐の音のような規則的なノイズで、無音よりもいっそうの静寂が感じられるのでした。

わたくしは、おもむろに辺りの散策をはじめます。リトルカブから離れて、山の中へ、ざっくざっくと分けいって参ります。木漏れ日から木漏れ日へと、ひとり鬼ごっこをするように、追って伝って歩きます。

道すがら、山道らしい「空き缶のポイ捨て禁止!」などという看板が、倒れかかかりながらもかろうじて主張をやめていなかったりもします。

しかし実際は空き缶どころか、ライター、雑誌、空き缶、弁当ガラ、スナックの空き袋、レジ袋、灯油缶、タイヤなど、ありとあらゆるものが打ち捨てられています。

捨てるなと書いてあるのに捨ててある。不思議といえば不思議です。そういえば、前にこの種の看板に対して、父親がこんなことを言っておりました。

捨てないうて書いとるのに、絶対に捨てるもんがおるじゃろう。ありゃあほんまにバカじゃけえ字が読めんのんじゃ思うで、絶対。

わたくしは笑って受け流しましたが、いま考えてみると、あるいはそれは真実なのかもしれません。なぜなら、こういう場所に落ちている本は十中八九マンガ雑誌かエロ本、良くてエロめの週刊誌です。文字は読めなくとも、絵ならばバカでもチョンでも見て楽しめるという道理です。

そしてまた今宵、と言っても昼間ですが、そのようなバカが一匹やって参りました。

明日へつづく……。

きょうのしごと:3時半起き絵の制作2ゲーム+ランニング

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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