もう一度、こども。

自販機に紙幣を投入する。しかし何度やっても戻ってくる。しわを伸ばしたり別のお札を入れてみたりの試行錯誤の末、ようやくでそれは五千円札や一万円札が使えない自販機と同じで、そもそもが使えないお札なのだと気づく。

お店で食事をして、お会計をする。その際、何ごとかを店員が言う。キャンペーンで配っているらしいミニタオルを差し出され、私はサンキューと受け取る。しかしレシートを見ると、しっかり買わされている。

まだ海外に出てきて二週間足らずだが、そのようなことは枚挙にいとまがない。まったく何をやるにもまごついて、要領を得ない。のちに理解できれば何でもないことのひとつひとつが、おいそれとは解けない難題として立ち塞がる。

ストレスと言えばストレスだが、どうしてそれはとても懐かしい感覚である。そう、ここでの私はいっそ子供に等しい。かつてマヨネーズのお使いを頼まれて、どこでどうなったのかケチャップを買って帰ってきた時のような、あるいは昆虫図鑑でダニを見て、家中の畳を必死に探し回った時のような。

今でこそ笑い話だが、しかしその時は真剣そのもので本気だったのだ。私は忘れていた。私は私が大人であることを、忘れていた。私には確かに大人らしい知識や経験があるのであって、それらは時の流れと同じ絶対的な不可逆性を持って獲得されていて、だからこそもう逆立ちしたって子供のようには振る舞えない。

ところが、ここでは日々純粋にわからないこと、知らないことを突きつけられて、その都度、私はぷしゅとしぼむように子供に戻る。そんな私に、人々はまさに子供に接するように、しょうがないなという感じでゆっくりしゃべってくれたり、紙に書いてくれたりする。

そんな時、私は申し訳なさやはがゆさよりも、もっとなにか喜びを感じてしまう。子供ってこういうことだよなと、懐かしく愛おしい気持ちにさせられる。ピーターパン症候群よろしく私は常々子供に戻りたいと願っていたが、きっと大人が子供に戻るとしたらこういうことだろうと思うのだ。

人は一度産み落とされたが最後、あとは真っすぐ休憩も寄り道もなく墓場へと向かうわけだが、しかし、ここでの経験は、人生という一本道を少しばかり捻じ曲げたように思える。

曲折はその道のりを伸ばしたのか、縮めたのかは定かではない。ただ、前よりもすこし、光って見えることだけは確かである。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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