老人と話す価値

「ど」がつくほどローカルな地元の居酒屋が好きだ。

そういう場所で飲んでいると、ちょっとしたきっかけで会話が始まることが多々ある。

そのような場合、年配の人、いわゆる老人が圧倒的に多い。以降、世界保健機関、WHOの定義に則り、65歳以上を老人として話を進めたい。

私は老人と話すのが好きである。べつに、敬老の精神があるわけでもなんでもないのだが、なぜか落ち着くというか、癒されるようなところがある。

逆に、30歳以下くらいの若者と話していると妙に疲れてしまうことがままある。彼らと話していると、男女問わず自意識過剰になりがちで、「自分がどう思われているか」という我ながらめんどくさい思考回路が自動的に発動してしまうのだ。

老人の場合は違う。極端な話、目の前で堂々とハナクソなぞほじっても恥ずかしくない(あくまでモノのたとえである)。

それを「自然体」と呼んでいいのかは知らない。単に、世の男性が結婚したとたん身なりに気を遣わなくなるようなもので、「釣った魚にエサはやらない」状態に近い気もする。

つまり、老人はテキトーに笑って愛想よく相槌を打っておけば簡単に「釣れる」。もっと言えば勝手に網に飛び込んできてくれるくらいのものがあるが、若者はおいそれとは「釣れない」から、気に入られるための努力を要する。

先日もそんなことがあった。居酒屋で隣り合わせた年配のタクシードライバーの方と、延々と話し込んでしまった。

夜の9時過ぎにはじまり、気づけば深夜0時を回っていた。他の客や店主が口を挟むわけでも混ざるわけでもなく、完全にマンツーマンである。

それほど話し込んだということはさぞ意気投合して盛り上がったのかと思われるかもしれないが、違う。そもそも「話し込んだ」というより「聞き込んだ」と言った方が正しい。実際、私は9割がた聞いていた。

なんにしろ、お互い気持ちよく酔っ払って笑顔で別れてなんの罪も恥じるところもないのだが、しかし、そんな夜の次の日は、なんとはない自己嫌悪に陥る。自分がどうしようもなく「嘘くさい」のである。

老人の話が即物的に面白いことは極めて稀である。わずか数秒で関心を暴力的に惹起する昨今のコンテンツとは真逆の性質である。だからだろう、若者は往々にして老人を嫌う。

それでも、粘り強く傾聴しているとにじみ出るものがあるにはある。やはり腐っても年の功というやつで、月並みな言葉でいえば「スルメイカ」、古語なら「いとをかし」、最近の表現でいえば「エモい」という感じである。

とはいえ、そこにどのような価値があり、いったい何の得になるのだろうか。

たとえば、いままさに夢中になっている恋人との会話なんかであれば、話の内容以前に、その行為自体に揺るぎない価値がある。もちろん得も得、舌の根ちぎれるまで話したい。

しかし言うまでもなく老人に対しては、盲目になって恋しているわけでも愛しているわけでもない。

自分を嘘くさいと思うのは、おそらく自分が「価値=利益」を受け取っているようには見えないからだ。人間は、基本的に得したい生き物で、損したくない生き物である。

つまり、先の例でいうなら、恋人の話を延々と聞き続ける自分は嘘くさくない。「得したい下世話な人間」の原則に反していないからである。

あるいは、老人の話を聞くことで気に入られ、あわよくばおごってもらおう、なんならうまいこと丸め込んで保険金なり遺産なりせしめてやろうなどという下心があるならば、ぜんぜん嘘くさくない。むしろそんな自分は清々しいし、まったくいやらしいクソ野郎だと納得できる。

しかし、どう考えても、私が何かしら具体的な利益を得ているようには見えない。いわば、ボランティアのようにさえ感じる。

ボランティアといえば、以前シンガポールで、カトリック教会の活動の一環で、独居老人宅を訪問したことがある。トイレを掃除し、床を拭いた。あるいはオランダでは、畑で草むしりのボランティアに参加した。

その時の自分が嘘くさくなかったのは、それがたとえ無償でも、「海外での貴重な経験」という利益を得ていたからだと思う。

一方、日本のしなびた安居酒屋で酔いどれの老人の話を聞くのはぜんぜん貴重ではない。やはり、誰にでも共有できて、かつ理解可能な価値らしい価値が見当たらない。

わからない。わからないが、嘘くささを禁じ得ない。いい人ぶっている気がする。偽善者もいいところだが、しかし、「やらない善よりやる偽善」と思えば、とどのつまり私が得ているのは偽善という甘美なのかもしれない。

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新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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