思い出しては、
2018/06/14
そうめんの匂いがした。いや、そうめんに匂いらしい匂いもないから、まあ、そうめんの雰囲気と言うべきかもしれない。
それは夏の夜で、家族でそうめんを食べている。冷房がよく効いていて、寒いくらいだ。大きなガラスの器にそうめんが山盛り、氷とともに浮かんでいる。
夜更けで、ひとり部屋にいる。この種の記憶は誰にもあるだろうし、また不意に思い出されるものでもあろう。しかしそのような時、他の人は何を感じ、どうしているのだろう。
甘いか、苦いか、あるいはどうでもいいことか。
私にとってそれは相も変わらず甘美で、だからそのような時には決まって目の前の現実が色褪せる。
べつにこれといって現実が辛いわけでもない。十分に楽しんでいるし、もっと、謳歌できているとも思う。思うのだけれど、それはどうして、いつも過去を超えることができない。
あの頃はよかった――私の頭はこの一語でできている。考え方の問題ではなく、これはもう生まれもった性質なのだろうと思う。
あの頃やあの頃やあの頃のことを思い出すと、とにかく私は悲しくなって、虚しくなる。今ある、今手に入れている、今味わえる何もかもがつまらないものに思われてきて、死にたくもなる。
そういうわけだから、この先も、私は決して幸せにはなれないし、ならないだろう。そもそもなる気がない。
たぶんそれは私にとっての哲学のようなもので、いつか死の床に伏した日には、やっぱり大人になんかなるもんじゃないし、ましてや老人になんか死んでもなるもんじゃないし、結局は子供の時が一番よかったと言って死にたいのだと思う。
人の中には、そういうタチの悪い、はなからわかっているのにわざわざ確かめて文句を言うようなのがある。そういう輩は、まあ、放っておく他ない。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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