あけましておめでとうが言えなくて
「あけましておめでとう」と言うのが嫌いだ。
ついでに言えば「よいお年を」というのも辛い。
なぜ皆、ああも気安く臆面もなく言い合えるのかわからない。
あれには鳥肌立つような気恥ずかしさがある。まもなく四十路になるおっさんが言うようなことではないが、ちょうど日本人にとっての「愛してる」にも等しい違和感がある。
一度でも真剣に「愛してる」と言ったことがある人ならわかるはずだ。発した後に、ながく尾を引くものがあることを。
愛してる――しかし、それは本当か。そもそも愛とは何か。自分に人を愛することなどできるのだろうか。愛とは無償ではないか。あるいは彼や彼女が四肢をもがれたような状態になったとして、私の愛は責任を持って途切れず続くものだろうか。終わるとすれば、それは実に有償の愛でしかないのではないか。云々。
つまり、重いのである。軽くないのである。にも関わらず、皆それを軽薄に振り回してとめどない。
あけましておめでとう――いや、それは本当か。いったい何がめでたいのだろうか。おめでとうとは、つまり祝福であって、キリスト教で言えば家督を譲るほどの重みがあるものではなかったか。それが何だ、あけおめだなんだと、わけのわからない言葉が市民権を得るまでになって、しかし本来、おめでとうとはもっと重みのある尊いものであって、たとえば我が子が生まれた時に嘆息するように発せられるような、とにかくは誰もかれもにくれてやれるような代物では決してないはずだ。云々。
心にもなく「愛してる」と言ったことがある人ならわかるはずだ。そのあと胸中にうずまく後ろめたさに。
むろん、嘘をつくのは簡単だ。嘘も方便という。しかし私には、どうしても「あけましておめでとう」なんて言えない。
広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。
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