むなしきスマホの巨大化を見よ

なんの前触れもなく壊れた。日本でSIMロック解除をして、はるばるシンガポールまで持ってきた私のスマホ。再起動や電池パックを外してみたりと格闘したが、うんともすんとも言ってくれない。

仕方がないので近所の携帯ショップに行った。露天商に近い、うさん臭さ漂う店構え。スマホは雑多に並べられ、じゃがいもなんかと変わりない値札が付いている。これは中古だろうと店主に聞くと、いいや「BRAND NEW(ブランニュー)」だとのたまう。素直に「NEW」と言わずにわざわざ「BRAND」なんてつけるところがいかにも怪しい。

ところで、日本人は馬鹿みたいにiPhoneを持ちたがるが、私は大嫌いである。言うまでもなく世界の携帯シェアの趨勢はAndroidにある。まともな神経の持ち主ならば当然の選択であろう。たとえばiPhoneの電源コードなんかを一度でも買ったことがある人なら、もう二度とはApple帝国にはかしずかまいと誓わずにはいられないと思うが、どうだろう。

そういうわけで、私はAndroidの一択である。そして最近とみにモノに対する執着が減退していることもあって、三流メーカーのスマホで手を打つことにした。税込みで$258(約2万円)。一年持てば御の字であろう。

さて、このブランニューなるスマートフォンであるが、近頃のスマホのご多分に漏れず、やたらとでかい。ゲームや動画の普及がこの傾向を押し進めたらしいが、こんなにでかくてはもはやスマートの看板を下ろしてしかるべきであろう。

それにしても妙だ。なぜ人々は好きこのんで高級なスマホを買いたがるのか。10万円のスマホでも9,800円のスマホでも、それを使って「できること」に差はない。違うのは、せいぜいがちょっと動きが早いだとか、見た目が綺麗だとかの偏執的な話であって、ほとんどの人は秒単位で忙しいわけでも、画素が見えるほどの視力を持っているわけでもない。少なくとも私はその程度には暇であるし、近眼でもある。

ただ、このたび私が入手したスマホには、ひとつ以前にはなかったまったく新しい機能がついていた。その名も「片手操作モード」である。これは、スマホの図体が巨大化したばかりに片手で操作できなくなったために、親切にも画面の表示サイズを左隅、あるいは右隅に縮小して、画面全体に指が届くように表示してくれるというありがたい代物である。

それを初めて見たときの衝撃を、私は忘れることができない。画面の表示が縮小され、その結果生じざるを得ない余白。それは反L字型の、なんの美的センスもなく、無駄で無用としか言いようのない、ただただ真っ黒な空間であった。

ひとつの言葉が思い出された。「起きて半畳、寝て一畳」――そう、人間はとどのつまり、どんな豪邸に住まおうが、そのようにしか生きられない存在なのだ。あるいは「天下取っても二合半」とも言う。人間の欲望の大きさに比して、その存在はあまりにも小さい。この乖離が著しいとき、我々はしばしば虚しさ、そしておかしみを感じる。使い切れないほどの金銭、食べ切れないほどの食物を抱え込む欲深を笑う昔話ならいくらもある。

かように感じるのは、私だけだろうか。この機能の開発陣は、そして他の人々は何も感じないのだろうか。だとすれば、現代、もはや欲深という感覚は消え失せて、いっそ「ふつう」に成り下がる、いや、成り上がったと言うべきか。

新宅 睦仁/シンタクトモニの作家画像

広島→福岡→東京→シンガポール→ロサンゼルス→現在オランダ在住の現代美術家。 美大と調理師専門学校に学んだ経験から食をテーマに作品を制作。無類の居酒屋好き。

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